辺鄙な山間地にある温泉地だが、昔から名湯として知られる所から多くの方々が来られるので有り難い。
紘子が女将をしている旅館は歴史的に有名な和風旅館で、著名な文豪が代表作の執筆で長く逗留されたこともあり、文学ファンにはその部屋を指定されることも少なくない。
紘子の旅館が提供しているオリジナル発想が話題を呼び、観光情報誌で採り上げられたこともあり、体験したいと来られているお客様もあって喜んでいる。
このサービス発想が提案されたのは月例の全体会議で、若い男性事務スタッフの思い付きを料理長が具現化させることになったものである。
この地の名産品として「山葵」があり、何より水が条件と言われている中で最適な環境に恵まれており、社長が生産者と契約交渉して始まったこのサービスが、和風旅館の夕食に大きなインパクトのある風情を演出することになったのである。
和風の会席料理には「刺身」や「造り」が出されるが、これには「山葵」が付き物なのだが、紘子の旅館では「生山葵」を用意してお客様自身で「おろし金」で擦っていただくようになっており、この手間によって漂う「山葵」の独特の香りが食欲につながると大好評で、残った生山葵をお土産としてお持ち帰りが可能となっており、かわいい「おろし金」を売店で販売している。
「生山葵」は持ち帰ってコップに水を入れ、その中に保管するようにすれば冷蔵庫なら2週間は大丈夫なので保存にも優れているものである。
効用として知られるのが「殺菌効果」で、防腐につながることから昔から重宝されており、生臭い香りを消したり食あたりにも効果があるという食材である。
お客様には「生山葵」をご自分で擦られることが楽しいみたいで、それで料理を食べるとまた味わいが異なるようで皆さんが嬉しそうにされる光景が夕食時の風物詩となっていた。
専用のお持ち帰り袋の準備も不可欠で、効能書や保存方法を説明した案内書を製作、それを添えてお持ち帰りいただくのだが、このサービスを実践してから半月も経たない内に想像していなかった問題が浮上し、すぐに「対応は出来ません」と追記するようになった。
それはお持ち帰りをされたお客様から「香りの素晴らしい山葵を購入したい」というご要望だったが、紘子の旅館では夕食に限って提供している限定品なので生産者とも販売はしない契約となっていることを伝えている。
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