若かりし頃、ギターをやっていた時代があった。友人達とのグループで映画音楽などもやっていたが、初めて皆で演奏したのが「クロード・チアリさん」でも知られる「夜霧のしのび逢い」だった。
流行していたフォークソングに感化されて様々な曲に取り組んだが、「ドナドナ」「500マイルも離れて」「風に吹かれて」「花は何処へ行った」なども演奏していたが、特に強烈な印象になったのは「ジョーン・バエズ」の歌声を初めて耳にした時と、「ベティ&クリス」の「白い色は恋人の色」のリズミカルな旋律だった。
当時はフォークグループの「PPM」の人気も高かったが、来日した際のコンサートにも行ったことがある。
今でも現役として活躍されている「森山良子さん」の歌声を聞いた時も衝撃的だったが、「この広い野原いっぱい」もレパートリーに増やし、彼女のコンサートにも行ったのを懐かしく思い出す。
誰にも青春時代があるが、「デューク・エイセス」の「幼馴染み」の歌詞ではないが、その後の人生に大きな影響を与えることになるものとの出会いがあるとも言えるだろう。
「ボニー・ジャックス」や「ダーク・ダックス」のコンサートにも足を運んだし、クラシックコンサートをはじめ、「ポールモーリア」「マントヴァーニー」「レイモン・ルフェーブル」のコンサートがあれば必ずチケットを入手していた。
友人の関係から「東京大学管弦楽団」のコンサートのチケットを義理的に買わされてシンフォニーホールへ行ったが、80人ぐらいの奏者の中で眼鏡を掛けていなかったのは5人だけだったことを憶えている。
緞帳のあるコンサートホールの場合、1ベルと2ベルがあり、2ベルで客殿が暗くなってやがて緞帳が上がって行くが、そんなことをヒントにして葬儀に持ち込んだのが「奉儀」の発想で、導師が入られる前の「会場空間」を「儀式空間」として「神変(しんぺん)」させるもので、今では全国に広まっている。
そんな中には勘違いをして「真似」だけしてしまっている残念なケースも多く、「学ぶ」とは「真似ぶ」から入るのは許せても、意味も意義も理解せずにやってくれることだけはないように願いたいし、研修で来社して初めて理解したという人達も少なくなかった。
NHKの番組で「多死社会」の問題について採り上げていたが、昨年に亡くなられた方が120万人を超えている現実に各自治体が運営している火葬場不足が深刻な状況を迎えているというものだった。
一昨年に「町村です」と自宅に電話があり「どちらの町村さんですか?」と返したら、「元官房長官の町村です」と言われて驚いたことを書いたが、その町村氏も衆議院議長に就任されている。
その電話をいただく経緯に私が書いた手紙の内容があったのだが、アメリカが世界の警察なら日本は世界の救急車になる外交が重要で、病院船や火葬船の建造も発想しなければということに対することだった。
NHKの番組では、奈良県のように火葬場を新設する予定を進めても立地で問題が起きて止まってしまうのが現実だが、海に面する自治体なら火葬船なら問題ないだろう。
大型船で遺族や親戚の人達も乗船可能とし、沖合でと考えたら山間部よりは問題が少ないだろうし、何処かで大災害が発生した時に駆け付けることも出来る。そんな発想を昔から考えていたが、いよいよそんな具現化をしなければならない社会状況かもしれない。
今日の写真は乗船したかったのに先に運航を止めてしまって残念な思いを抱いた「ナッチャン」。函館と青森を結ぶ高速フェリーだったが、燃費が原因となったらしく、その後にこの船をニュース映像で目にしたのは震災の救援物資を運ぶものだった。
明日は「阪神淡路大震災」から20年目の日。前日にそんな大地震が起きるなんて誰も想像しなかったこと。多くの犠牲者の存在に手を合わせながら、大きな地震が発生しないように願っている。
流行していたフォークソングに感化されて様々な曲に取り組んだが、「ドナドナ」「500マイルも離れて」「風に吹かれて」「花は何処へ行った」なども演奏していたが、特に強烈な印象になったのは「ジョーン・バエズ」の歌声を初めて耳にした時と、「ベティ&クリス」の「白い色は恋人の色」のリズミカルな旋律だった。
当時はフォークグループの「PPM」の人気も高かったが、来日した際のコンサートにも行ったことがある。
今でも現役として活躍されている「森山良子さん」の歌声を聞いた時も衝撃的だったが、「この広い野原いっぱい」もレパートリーに増やし、彼女のコンサートにも行ったのを懐かしく思い出す。
誰にも青春時代があるが、「デューク・エイセス」の「幼馴染み」の歌詞ではないが、その後の人生に大きな影響を与えることになるものとの出会いがあるとも言えるだろう。
「ボニー・ジャックス」や「ダーク・ダックス」のコンサートにも足を運んだし、クラシックコンサートをはじめ、「ポールモーリア」「マントヴァーニー」「レイモン・ルフェーブル」のコンサートがあれば必ずチケットを入手していた。
友人の関係から「東京大学管弦楽団」のコンサートのチケットを義理的に買わされてシンフォニーホールへ行ったが、80人ぐらいの奏者の中で眼鏡を掛けていなかったのは5人だけだったことを憶えている。
緞帳のあるコンサートホールの場合、1ベルと2ベルがあり、2ベルで客殿が暗くなってやがて緞帳が上がって行くが、そんなことをヒントにして葬儀に持ち込んだのが「奉儀」の発想で、導師が入られる前の「会場空間」を「儀式空間」として「神変(しんぺん)」させるもので、今では全国に広まっている。
そんな中には勘違いをして「真似」だけしてしまっている残念なケースも多く、「学ぶ」とは「真似ぶ」から入るのは許せても、意味も意義も理解せずにやってくれることだけはないように願いたいし、研修で来社して初めて理解したという人達も少なくなかった。
NHKの番組で「多死社会」の問題について採り上げていたが、昨年に亡くなられた方が120万人を超えている現実に各自治体が運営している火葬場不足が深刻な状況を迎えているというものだった。
一昨年に「町村です」と自宅に電話があり「どちらの町村さんですか?」と返したら、「元官房長官の町村です」と言われて驚いたことを書いたが、その町村氏も衆議院議長に就任されている。
その電話をいただく経緯に私が書いた手紙の内容があったのだが、アメリカが世界の警察なら日本は世界の救急車になる外交が重要で、病院船や火葬船の建造も発想しなければということに対することだった。
NHKの番組では、奈良県のように火葬場を新設する予定を進めても立地で問題が起きて止まってしまうのが現実だが、海に面する自治体なら火葬船なら問題ないだろう。
大型船で遺族や親戚の人達も乗船可能とし、沖合でと考えたら山間部よりは問題が少ないだろうし、何処かで大災害が発生した時に駆け付けることも出来る。そんな発想を昔から考えていたが、いよいよそんな具現化をしなければならない社会状況かもしれない。
今日の写真は乗船したかったのに先に運航を止めてしまって残念な思いを抱いた「ナッチャン」。函館と青森を結ぶ高速フェリーだったが、燃費が原因となったらしく、その後にこの船をニュース映像で目にしたのは震災の救援物資を運ぶものだった。
明日は「阪神淡路大震災」から20年目の日。前日にそんな大地震が起きるなんて誰も想像しなかったこと。多くの犠牲者の存在に手を合わせながら、大きな地震が発生しないように願っている。
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