女将の仕事でホッとするのはご利用くださったお客様を全員お見送りしてからその日のチェックインのお客様をお迎えするまでの時間。この間に昼食もあるが、食事をしながら予約されているお客様の情報に目を通し、会話を交わす際のネタとして重宝している。
そんな中、奥さんの誕生日で何かサプライズをと依頼されているお客様があった。近くの旅館の女将と話した際、同じような依頼を受けていたのに予約担当スタッフが確認の電話を掛けてしまい、奥さんにばれてしまってサプライズにならなかったという苦い体験談を聞いたこともあり、小百合が女将を務める旅館ではそんなことが起こらないように何度もスタッフ会議を行っていたこともあったが、念のために旅館側からのプレゼントの確認もしておいた。
食事を終えた時、フロント担当の副支配人が「女将さん、申し訳ございません。ミスをやらかしました」と相談があり、事情を確認すると連絡の不備による請求ミスが発生していた事実を知った。
玄関で最後にマイクロバスをお見送りをした20人ほどの団体さんだったが、昨夜の宴会に入った接待コンパニオンの延長分の請求を忘れていたことが判明。金額にして約4万円というものだった。
「幹事さんの携帯電話番号が分かっておりますから、お知らせしてお支払いをお願いしましょうか?」という副支配人に、「あなたと私のミスで解決しましょう。私が3万円を負担しますから、貴方は1万円を負担しなさい」と返したところから副支配人が驚愕している。
「お客様からいただかないということですか?」「そうです。折角お気持よくお見送りしたお客様にご気分を害されるような請求は出来ません。これは当旅館の内部で発生したミスで、大きな責任は私にあります」
副支配人はひょっとしたら幹事の人物は「請求を忘れている。儲かった」と思っているかもしれないと思いながら、女将の言葉に逆らえない自分がいることも理解していた。2万円ずつ負担するというなら反論したかもしれないが、3万円と1万円となれば何も言えない。しかし何とかお客さんには事実を知らせたい思いもあった。
そんな時、女将がまるで副支配人の思いを察したかのように、「仕上げの仕事はあなたの責任よ」とある仕事を命じた。
それは幹事さん宛に手紙を書くことで、当方のミスで処理したので経緯報告だけ文書で送付しなさいというものだった。
副支配人は若い時から達筆で、パソコンは苦手だが毛筆は誰もが驚くレベルで、当旅館から発信する年賀状や暑中見舞いなど季節の挨拶は全て彼が表書きを担当していた。
手紙はその日の内に投函され、次の日には団体で来られた会社の幹事さんに届いた。そして意外な展開となったのである。
副支配人を指した電話があり、出てみると相手は幹事さんで、「振込先を教えてください。お手紙が社内で話題になりましてね。上司から『この顛末は感動したね。ちゃんと支払いをしなさい』と命じられたのです。実は私も幹事の立場でありながらコンパニオンの追加をお願いしたにも関わらず、その料金が請求書に入っていなかった事実を知ったのはお手紙で初めて知ったことで、いやはや恥ずかしい話です」
今回に参加されたのは社内の趣味の同好会の人達で、数百人も社員がいる企業だということも知り、この話題が社内で広まって宿泊してみたいという声が多いということも聞いた。
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