在来線の特急列車から新幹線に乗り継いで都内で行われた研修会に行った女将の千佐江だが、料理長も同行していた。
受講した内容は最近に目立って増えて来ているホテルや旅館の「泊食分離」の将来で、その現実が意外と強まっていることを知った。
「泊食分離」というのは文字通り宿泊と食事を別に考えるというもので、昔から言われている「素泊まり」を選択いただくサービス提供の一環である。
地元の様々な飲食店と契約して紹介をするケースもあるし、旅館側が地元のオリジナル食材を使って丼物などB級グルメを提案することも登場しているし、地元の町興し的発想から地域ぐるみで展開しているところも出て来ている。
帰路の電車の車内で料理長が「世の中は変化しているのですね!」とため息を付きながら嘆いていたが、お客様が自由に選択出来るサービス発想も必要かなと思った千佐江だった。
千佐江は今年になってから様々な研修会に参加していた。その中の一つが今後に絶対条件となって来る外国人の宗教による食材問題で、メモして来たノートをチェックしながらその複雑な問題の整理に悩んでいる事情も起きていた。
イスラムの世界で「豚」を食べられないのは知られているが、それを一度でも調理に使った厨房器具や食器も一切使えず、「ハラール」と呼ばれるこの問題をクリアしたマークの入った食材を取り寄せなければならないことも学んでいた。
「ハラール」とは我が国では「ハラル」とも呼称しているが、イスラム法で食べても許される食材のことで。その反対に禁じられているものを「ハラーム」と呼び、「ハーレム」と同じでアラビア語を語源として禁止されている意味がある。
研修で初めて知ったことがあった。禁止されている食材を保管する場所も別にしなければならず、同じ冷蔵庫に入っていた事実が知られると大変な問題に発展する危険性があり、しっかりと勉強してからしか対応出来ないと考えていた。
しかし、社会は流れていることも知った、幾つかの大学の学生食堂のメニューにハラール食が登場しているそうだし、ANAの機内食ケータリングでもハラールの認証を取得している事実も学んだ
その受講の内容には他の宗教に関する興味深いこともあった。道教の道士は肉、魚、ニラ、ニンニクなど五幸と呼ばれる食材が禁じられており、古くは長命を根ぐためには火を使った料理も避けられたというのである。
また、ヒンズー教では「牛」を聖なる考え方から禁食となっているが、ユダヤ教、イスラム教、エホバなどでは血液に関する問題にデリケートで、例えば我が国の食文化である海老の踊りなんて信じられない世界であることになる。
旅館としては外国人の利用も増えていることは事実で、中にはベジタリアンという要望もあるので神経を遣っているが、欧米のベジタリアンの中には「ラクト・オボ・ベジタリアン」という考え方があり、牛乳や卵はOKというケースもあるので簡単ではない。
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