寒波が齎した大雪が思わぬ被害を与えていた。長野県の松本駅から山間部に向かう中に存在する扉温泉で、アクセス道路が雪による倒木で通行が出来なくなり、まるで陸の孤島となってしまって一晩過ごすことになったという出来事だった。
扉温泉には世界的に知られる「ル・レ・シャトー」という組織に認定加盟している「明神館」という旅館があるが、この認定は簡単ではなく、様々な関門をクリアしたホテルやレストランに限定されており明神館が認定されたのは2008年だった。
数年前に夫と利用したことがあるが、さすがに洗練された施設だという印象が残っている。
そんな被害のニュースを見ていた女将の美穂はその出来事がもう一つの出来事に発展していたことを知った。それは積雪による倒木からあちこちで送電線が切断され、広範囲に停電という事態を巻き起こしていたからだ。
暖房が出来なくなって一晩中槇を燃やして暖を取ったという報道もあったが、もしも美穂の旅館でそんな事態が発生したらどうなるのだろうかと夫と話したら、夫は昨年に自分の道楽から設置した「囲炉裏」が役立つと言ったのでびっくりしたが、役立つことは確かだった。
道楽と言ったのは渓流釣りで、アマゴやイワナ釣りで持ち帰った物を最も美味しく焼き上げるためと言って料理長と2人で完成させた囲炉裏だったが、高額な備長炭を決められた並べ方で燃やすのだから大変で、リピーターで来られたお客様に釣果があった時だけ振る舞っていた。
囲炉裏の周囲の灰に並べ立ててじっくり焼き上げると確かに骨まで柔らかくなるので不思議だが、料理長がそんなことまで知識があったことに改めて驚かされた。
もしも停電で囲炉裏を囲んで一夜を過ごすとなれば何が喜ばれるだろうかと考えたら、思い浮かんだのが「餅」と「おかき」で、停電に備えて備長炭と併せて備蓄することになった。
そんな話をしていたら、「女将さん、餅を焼くなら網が必要ですよ」と副支配人が発言したことから数枚の金網も購入して来たが、その日のチェックアウトが終わると囲炉裏の炭に火を入れ、夫が金網に餅を並べて「最高だ!」と食べていたので呆れた美穂だった。
夫の焼餅の食べ方は変わっている。砂糖醤油や黄粉なら一般的で知られるが、大き目の茶碗に湯を入れて塩味で餅を食べるというもので、そのヒントになったのがテレビ番組の「県民ショー」で、三重県では誰もが「あられ」を湯の中に入れて食べているのを知り、一度試してみようとやってから病みつきになったみたいで、その食べ方はスタッフ達にも広がっている。
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