十数軒ある温泉地の中で「こだわり」という伝統を大切に続いている和風旅館があった。女将をしているのは咲子だが、この旅館には2年前に退職した仲居頭の存在が語り継がれており、毎日早朝に隣町からスクーターで通うヘルメット姿が地元の風物詩の一つとなっていた。
仲居頭の仕事振りは素晴らしかったが、公務員をしていたご主人の定年退職を機に、隣り町の実家を改築してご主人の夢だった小料理屋を開業し、夫婦2人で頑張っていた。
彼女の名前が面白く、「留子」というので由来を聞いたらびっくり。7人姉妹の末っ子で、男の子が生まれないのでこれで子供は最後ということから命名されたそうだ。
地方では「留男」や「留子」という名も少なくないが、そんな考えられない迷信みたいなことが少なくなかったそうだ。
北陸から営業で来館した高齢のセールスの名刺の名前に興味を抱き、「何か由来が?」と質問したらこれもびっくりだった。
「詳しくは分かりませんが、何か私の誕生に関わってくれた助産婦さんが占いに凝っていたみたいで、「この子は長生き出来ない。一度何処かへ捨てて拾って貰うか、『外』という文字を名前に入れるかしなければならない」と言ったことから、「外男」になったのです。
それを聞いて信じられなかったが、何か気の毒になって彼が販売に来ていた商品を少しだけ購入したこともあった。
3ヵ月程前に宿泊されたご夫婦のお客さんの話が面白かった。奥様が3人姉妹でそれぞれが「松竹梅」の文字が命名され、「松子」「竹子」「梅子」で、末っ子というそのお客様は「梅子」さんだと教えてくださったので印象に残っている。
お客さんで思い出したが、コネクティングルームをご利用くださった3世代のお客様が忘れられない。どちらも幼稚園に通うお孫さんだったが、上の子男の子で名前が「男」一字で「アダム」と読み、下の女の子は「七音」と書いて「ドレミ」という名前だった。
息子さん夫婦が命名したというキラキラネームだが、祖父母が頑なに反対したけど押し切られてしまったそうで、「アダムちゃん」「ドレミちゃん」と呼ぶ声に他のお客さんがびっくりされていたこともあった。
そうそう、厨房スタッフに珍名の人物がいる。次期料理長になる立場だが、苗字が「七五三」と書いて「しめ」と読む。三文字なのに読むと二文字なのだから信じられないが、本人の話によると由緒ある家柄だそうだ。
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