幸せ列車

小説　女将、大変です！   地元の行政と観光組合が合同で開催する会議に女将回のメンバー達も出席したが、緊急に開催されることになり、地元の組織団体の全てが出席する重要会議であった。 議題となったのは温泉地の最寄り駅の問題で、ＪＲが大幅な時刻改正で日に１０本停車していた特急列車を、東京方面から午後３時頃に到着する１本だけに変更するというもので、それでは地域を疲弊させる死活問題だと詰め寄る駅前商店街の人達の姿も見られた。 最寄り駅から温泉地までは路線バスで１５分ほどだが、１時間に１本運転されている路線バス の本数も激減することが予想され、旅館組合はマイクロバス会社と契約する必要があるのではと深刻な問題に発展した。...（続きを読む） 小説　女将、学んで感謝   何度もご利用いただいているご夫婦の奥様から電話があり、息子さんが通う大学のゼミの仲間達と行くからと３部屋の予約をいただいた。 当日を迎えてその息子さんが幹事ということでチェックイン対応をした女将の咲恵だったが、「教授だけは隔離するので一部屋を」との言葉にびっくりしていると、続いて部屋食の夕食時には「教授の講義を許してね」と言われた。 教授はテレビ番組で解説している有名な人物で、日本を代表する歴史学者で、お酒が入ると饒舌になるとも伝えられていた。...（続きを読む） 小説　女将、ＤＭの裏話   多恵子が女将をしている旅館は歴史が古く、多恵子で９代目となる和風の老舗旅館だが、かつてから２階建ての建物を壊して更地にし、５階建ての高級旅館として現在に至っている。 工事期間が１１ヶ月だったが、正社員には８割の給与を保証し、交流のあるホテルや旅館に頼んで研修体験をさせ、毎月定期的にレポートを退出させ、夫である社長がチェックしていた。 建物の老朽化もあったが、何より立て替えることになったのは耐震という問題で、予想以上に建設費を要したが、長年取引の実績から銀行融資が進み、免震の関する対策費の一部が行政から負担されたので決断した背景があった。...（続きを読む） 小説　女将、あるお客様のこと   晴美が女将をしている旅館は辺鄙な温泉地にあるが、歴史ある名湯として知られており湯治目的で来られお客様もあるが、誇りに思っているのが料理のレベルで、一度でもご利用くださったお客様の情報をコンピューターで記録しており、食事の時に仲居達が耳にした情報まで細かくインプットしている。 予約を承る時に「お好きなもの」「苦手なもの」を伺うようにしているのでご夫婦の場合にでも違った内容で対応することも多いが、料理長がさりげない思いで配慮することが喜ばれ、リピーターとして再来くださるお客様が多いので喜んでいる。...（続きを読む） 小説　女将、先代女将の遺作   在来線の特急列車が1時間に1本停車する。最寄り駅から路線バスで２５分という立地に波香が女将をしている旅館があるが、１６室すべての部屋の名前が花の名称になっている和風だが、各部屋の床の間にはそれぞれの花の絵が掲げられている。 その絵は全て亡き先代女将が描かれたもの。芸術性観点からもかなり優れた作品と言われているが、部屋担当の仲居から「先代女将の作品です」と説明をされると驚かれるお客様も多く、その後継を目にすることが何より楽しみという仲居もいる。 夕食時に客室にご挨拶に参上している波香だが、「蓮の間」を訪れた際に予想もしていなかったやり取りを交わすことになった。...（続きを読む） 小説　女将、好評の秘話   辺鄙な山間地にある温泉地だが、昔から名湯として知られる所から多くの方々が来られるので有り難い。 紘子が女将をしている旅館は歴史的に有名な和風旅館で、著名な文豪が代表作の執筆で長く逗留されたこともあり、文学ファンにはその部屋を指定されることも少なくない。 紘子の旅館が提供しているオリジナル発想が話題を呼び、観光情報誌で採り上げられたこともあり、体験したいと来られているお客様もあって喜んでいる。 このサービス発想が提案されたのは月例の全体会議で、若い男性事務スタッフの思い付きを料理長が具現化させることになったものである。...（続きを読む） 小説　女将、カクテルを飲む   先代女将が急逝したのは昨秋だった。まだ６０代という年齢だったが、持病である若い頃からの高血圧による動脈硬化が影響したみたいで。脳出血という想像もしていなかった出来事だった。 女将の伴侶であった先代社長の数年前に亡くなってしまい、後継者が若旦那から社長となって現在に至るが、この旅館に嫁いで若女将と呼ばれるようになって女将から指導を受けていたのに、まだ一人前に到達していない状態で女将にならなければならず、毎朝仏壇に「今日も行って参ります」と手を合わせて女将の激務をこなしている。...（続きを読む） 小説　女将、謝罪に参上する   辺鄙な山間部にある温泉地で和風旅館を営んでいる女将の理恵子だが、先代女将の時代から勤務している支配人の頑固さには何度も泣かされている。 今日も来年の夏に開催される県内でのインターハイに関して、組織運営委員会の役員だけが当館を利用したいという県の観光化の電話に、「幾らか宿泊料金を割引してくれないか＞」という要望があったみたいで、「当館では対応、出来ませんので他のホテルか旅館へどうぞ」とお断りをしてしまったらしく、観光課の部長から改めて「何とかならないか？」と理恵子を指名した電話があった。...（続きを読む） 小説　女将、部屋の内湯用に   嘉穂 が女将をしている旅館は和風で、その建築を担当した人物が著名な建築家で、撮影を目的に見学に来られる人も多い。 全室で２６室あるが、全て内風呂が存在しているが、１階にあって中庭に面して露天風呂付客室４室だけが源泉から温泉を引いているが、それ以外は温泉ではないことをはっきりと打ち出している。 事務所の若いスタッフ達が相談して社長に提案書を出したのは昨年の秋だったが、すぐに社長が管理職のメンバーと稟議、やがてそれを実行されることになった。...（続きを読む） 小説　女将と和服   毎日２０組程度のお客様を迎えるが、その大半が高齢のご夫婦で、奥様が和服姿で来られることも多く見掛ける。 和服の着こなしは見る人が見ればある程度のイメージが想像出来るもので、いつも和服で過ごしている仕事の方なら高い確率で判断することが可能で、料亭の女将や和歌子と同業の旅館の女将ということも時折に来られるのでそんな時は緊張しながら神経を遣っている。 今日もそんな感じのする方がおられた。部屋担当の仲居が案内して宿泊者カードにご記入をお願いした際に「和服の着付けが素晴らしいですね？」と言葉を掛けたら、着付け教室の先生だそうで。どこの旅館でも女将や仲居からそんなことを言われると答えられたそうだ。...（続きを読む）

いつの頃であったか、そう遠い昔ではない春。
エジプト近郊のとある暗い酒場の片隅にて。貧相なコート姿のジプシーの男が、ギターを演奏しながら遠くを見る目で歌っていた。
酒場の皆は、哀愁をそそるメロディーに心を惹きつけられはした。しかし、誰もその内容について考えようとするものはいなかった。
これは、紀元前1万年の頃の物語。
少年の名前はルーイ。年齢は12歳で、父親はジークというアフリカのハル国の勇者でした。

当時、アトランティスは、その高度な科学カによって植民地政策を取り、ハル国も狙われたのでした。ハル国は必死の抵抗を試みましたが、相手は飛行艇を擁する、超高度文明のアトランティスのこと。高性能爆弾やらレーザーやらで威圧を行いました。もちろん、最初から勝負は見えていました。が、不思議にもアトフンティス側から、ハル国の勇者と剣の勝負で決めようという申し出がありました。

長老会で色々話し合いが行われ、結局受け入れたのでした。もちろんハル国からはジークが選ばれました。そして実際、剣の技量ではジークが圧倒的に上回っていたのでした。が、相手はオリハルコンの剣を持っていたのでした。

晴れた暑い夏日の炎天下で試合が行われ、ジークと相手の司令官とは4、5回剣と剣を打ち合わせました。が、劣勢を感じた司令官が勝負を仕掛けた時です。彼のオリハルコンの剣は、突如太陽に負けない程の熱と赤金色の輝きを放ったのでした。

勝負は一瞬に決まってしまいました。ジークの剣は、バターをナイフで切る如くに切られたのでした。

ジークの屈服でハル国はアトランティスの植民国になりました。ルーイは、父親の戦いを目の当たりにし、その時の父親の悔しそうな顔を到底忘れられません。いつの日か、アトランティスに一矢報いたいと願ったのでした。

ハル国には、強制的にアトランテイスの文化が入りました。ルーイは必死でアトランティス社会と言葉を学んだのでした。当時、アトランティスには10の王国があり、10の王国はルーラという女王が統括している事を知りました。

当時、女王は神官もかねて祭政一致でした。ハル国は植民国となりましたから、毎年秋に朝貢物と奴隷を差し出さねばなりません。更に、ルーイは勉強に打ち込みました。

そして、アトランティスでは、何と、クリスタルという不思議な結晶体を使って太陽エネルギーを集め、貯蔵していることを知りました。同時に、クリスタルは、物質と精神の狭間にある神秘の性質を持ち、人の念に感応して物質を現出したり、物質を変化させる能カがあったのでした。

もちろん物質化するには非常に強い念の集中が必要ですが、これを使えば錬金術も可能ですし、それが当時の神官の修行にもなっていました。クリスタルを使って、一定の金属を念の力で、金に変える事もできたのでした。

その中でも、女王のルーラは並びなきほど、その能力に長けていたのでした。だから、女王になったとも言えたのですが。また、ルーラは、精神の力ばかりではなく、未来を見通す目も持っていたのでした。

ルーイは、こうしたルーラについての記録を読んだのでしたが、何故だか彼女が植民地主義を持つようには思えなかったのでした。彼女は戦争よりも芸術を奨励していましたし、国は未だ嘗てないほど文化芸術が発展していたためです。

また、ルーイはオリハルコンに興味を持っていました。もちろん、父親がうち負かされた思いが後押ししていました。これには、特殊な技術が必要で、ある金属を剣に成形した後、クリスタルを使って不純物を取り除き、結晶格子を変化させたのでした。

これには、非常な念の力を要しましたし、宇宙の星の配置が一定の条件を満たし、オーロラの輝いたきらめきの夜にのみ精製できたのでした。このため、作られる量は非常に限られ、貴族階級以上でなければ、到底所有ができない稀少の物でした。

そして、クリスタルで特殊な調整を行ったため、オリハルコンは持っている人の念に反応するようになり、光のないところでも赤金色に輝き熱を持つこともできたのでした。 植民国になって早や一年の秋の日の事。ハル国は貢ぎ物としてダイアモンドを捧げる事になっていましたからアトランティスから、飛行挺がやってきました。

それがチャンスと直感したルーイは、すばしっこい動きで監視の目を逃れ、艇の荷物室に忍び込みました。警備の者たちは貴重なダイアモンドに注意を奪われていたため、比較的楽に潜り込むことが出来ました。

やがて、飛行挺は離陸します。挺から見下ろすハル国はどんどん小さくなりました。ルーイが驚く間もない程、あっと言う間に見えなくなってしまいました。

3時間も過ぎたでしょうか、次第に周囲の動きがあわただしくなりました。それは、数千キロも離れたアトランティス母島の中の中心島に近づいたからでした。

空から見降ろす中心島は、ルーイには海竜の巨大な目に見えました。何層もの同心円の運河から成っていましたから、もし海路による密入を企てれば侵入は不可能だったことでしょう。飛行艇だったため、まんまと中心部への密入に成功したのでした。

中心島は、同心円状に分けられていました。そして、外側から中心円に近づくほど、地位の高い人たちが暮らしていたのでした。各々の同心円状の運河には、沢山の橋が架けられていました。

一番の中心は中央都市(メガロポリス)と呼ばれ、そこにはルーラの居る王宮があり、貴族階級以上の者たちしか住むことが許されませんでした。ルーイの乗った空中挺は、ダイアモンドを積んでいましたから、メガロポリスに降り立ったのでした。

空中挺が降りるに従い、中央都市は徐々に大きくなりました。それは、まるで恐竜の背ビレのような、超近代的ビルの林立した都市でした。

飛行艇は大きな金色のビルの一つに向かって進み、屋上の緑で彩られた着陸場に近づきました。そこへ垂直に音もなく着陸したのでした。その建物は選ばれた飛行艇のみが使用する着陸場だったらしく、それほど厳しい検察は行われておらず、何とか建物の陰に身を隠す事ができました。

すると、その時でした！！

突然、地面が唸ったかと思うとグラグラ揺れたのでした。ルーイは身をすくめたのでしたが、検察場のアトランティス人たちはもっと驚いたようで、あわてて安全な場所に身を隠したのでした。

検査機械もヒューズが飛んだりして作業が中断し、沢山の人が行ったり来たりする騒ぎになってしまいました。このため、やすやすと検問をやり過ごす事ができたのでした。これは、ルーイにとっては僥倖でした。通りすぎながら、窓越しに中心島を見たルーイはまたもや驚きます。

「ハル国には、あるモノと言えば太陽と野山の自然ばかりなのに。ここは、人間の作ったものばかりで一杯だ！」

見渡す限り地面らしい地面は見えませんでした。そして、太陽の光を受けて金色銀色に輝くビルの棟々は人間の偉大さ・尊厳さ・英知の勝利を感じさせました。

“世の中に、人の作り上げたこの様な素晴らしい世界もあるのだ”とルーイは呆気にとられていました。

が、ルーイはあわてて気を取り直し、無事にビルを脱出しました。それから、夜まで身を隠します。夜のとばりに身を隠しながら、ルーイは目立たない少年用の衣服を手に入れました。

アトランティスの夜は、まるでニューヨークのマンハツタン島の夜景のように、ビルの窓々から光が宝石のきらめきの様に満ちあふれていたのでした。

そのきらびやかさは、ルーイがここに来た目的を忘れそうになった程華麗だったのでした。各々のビルの上には何故だかピラミツドが作ってあり、頂上には金色に輝くクリスタル球体が据えられていました。この事は本で知っていたのでしたが、目の当たりにするとその素晴らしさは格別でした。全てのビルの屋上には大小はあっても、屋上にピラミッドとクリスタル球がありました。

“これがエネルギーの源と言われているのだ”とルーイは眩きました。

高層ビルのジャングルを見回してみますと、一段小高い丘の上に神殿と一体となった王宮がそびえているのに気づきました。

ここが目標でした。その王宮は金色の光に包まれ、その表面には無数のダイヤがちりばめたように見えました。王宮は三つの塔を持ち、真ん中のひときわ高い塔の上には、モスクの上に巨大なクリスタルが据えられていたのでした。

それは、金色や銀色・赤・青・紫など色とりどりの光の凝結した姿に見えました。そして、時に応じて、無数の光の帯がビルの各々のクリスタル球体へと飛んでいったのでした。

アトランティスにおいては、日中に神殿のクリスタルに太陽のエネルギーを凝結させ、それを高層ビルの各々のクリスタルヘ送っていたのでした。それは、レーザー光線による華麗で壮大なるイルミネーションだったのでした。 ルーイは王宮に向かって街中を歩いていきました。

華麗な高層ビルディングが建ち並ぶ未来都市には、透明なチューブの中を列車が滑るように走っていました。また、沢山のエアーカーが、ぶつかることもなく、道路と空中を区別することなく目にもとまらないスピードで行き来していました。

立ち止まっては、何回も見回したのでしたが、建物も街も歩く人々も全てが、華麗で素晴らしい出で立ちでした。夜の中心街は昼間のような明るさで、目もくらむほどでした。

驚いたのは、照明装置が見られなかったことでした。それは、よく見てみると、ビルの壁も窓ガラスも、そして道路も噴水も、自らが光り輝いていたためだったのでした。

ビルのショーウィンドウには、金・銀・赤・緑をあしらった豪華な衣服が飾られてあったり、三次曲面を微妙に組み合わせたインテリアが飾ってあったり、電子カメラや空中立体映像装置やガラス板のようなパソコンがデモ実演されていたり、簡易重力制御移動装置など訳の分からない名前の品物が置いてあったりしました。

また、スモークガラス越しにエレガントなレストランが見えたり…。

ルーイにとっては全てが初めてで、物珍しい品物ばかりでした。そうしたモノは、ハル国でしたら一生お目にかかることもないはずのものばかりでした。

聞こえるBGMも、都会風のきらびやかで軽やかなメロディーで、不思議な音色だったのでした。中心街だけあって、夜10時だというのに行き交う人たちも大勢でした。男性も女性も、華やかな青や赤などが色とりどりにキラキラ輝いた超近代的なコスチュームに身を固め、華麗な宝石のアクセサリーを身につけていました。

中には熟年夫婦や親子連れや子供の姿も沢山見られました。「これは、ハル国のお祭りと一緒のきらびやかさだ」ルーイは、そう考えていました。

が、暫くして、不思議な事に気づきました。確かに、沢山の人の行き来で、騒音は大きいのです。が、そこからは、街自体の活気や人の話し声が感じられないのです。そのうちに、彼らたちは沢山歩いていても、それは、一人一人の個人の集まりに思えたのでした。

コミュニケーションはほとんどなく、皆が欲しいモノにだけに関心を持ち、それ以外はどうでも良いといった風なのでした。そして、街行く人たちの装飾が華麗であればあるほど、満ち足りているはずの彼らたちは無表情だったのでした。

他の人はどうでも良いといった雰囲気も感じられました。彼らは、ハル国の仲間たちとは全然異なっていました。ハル国には、こんな華麗な衣装や装飾品や高層ビルディングなどはありません。でも、お互い同士、生活を助け合っていましたから、人々の話し合う喧躁や存在感は、目の前の世界とは全く異なっています。

アトランティスは、物質文明の最先端でしたから、皆素晴らしく洗練された美男美女であふれ返っているのでした。が、どこか醒めていて、「素晴らしい出会いがないだろうか」など、未知への好奇心が全くなさそうでした。

この無表情さは、正にシティードールと言えました。

彼らの目に映っているのは＜ショーウィンドーのお気に入りのモノをまとった自分の姿＞だけとさえ言えそうでした。そうでなければ、自分が興味ある音楽とか、自分の空想世界に心を馳せているのでしょうか。これなら、互いに話し合う必要はなさそうです。

彼ら達にとっては、他の人に干渉されるのは迷惑そうですし、他の人に関わろうとも思わない様子です。一緒に歩いている夫婦でさえも会話はなさそうでした。

こうして、自分にとって思い通りになる満ち足りた生活ならば、他の者から学んでみようとか、今の自分を越えたモノを作っていこうとか、燃える情熱が湧かないのでしょうか。

全てが自分中心で決まりきっていると思うため、他の人のためとか、一肌脱いで協力しようかという熱い心が無さそうに見えたのでした。

それどころか、考えずに済まそうといった雰囲気で、周囲に冷ややかで無関心の世界だったのです。一方、華麗できらびやかな虚飾の世界は、非常に魅惑的でもあったのでした。
ルーイは女王のいる王宮に忍び込もうとしました。

が、なかなかスキがありません。何度も何度も、警戒をくぐり抜けようとしましたが、目的の場所にまで行き着けるとは思えませんでした。表面的には、たやすく忍び込めそうに見えたのでした。が、狩猟で培ったルーイのカンは警戒警報を出し続けていました。

そうこうする内に、とうとう満月の夜になってしまいました。それは、国中の高僧が王宮に集まり、ポセイドン神への祈りの儀式が行われるのでした。

それは、星も降ってきそうな、澄んだ夜でした。満月も天空の中央にさしかかる頃、各地から僧侶が王宮に集まってきました。

数百名の僧侶が、王宮の正面玄関を通り過ぎます。このため、警備は正面玄関に集中しましたから、裏門から、身のこなしも素早く、王宮に入り込む事に成功したのでした。

ルーイは、王宮の厳しい警護の中で、どうやって女王に近づく事ができるだろうかと考えましたが、良い知恵が浮かびません。大広間には行けそうでしたが、そこから王座には距離がありますし、周りには沢山の警備兵がいましたから、女王には到底近づけないでしょう。

大広間を見ながら、ルーイは考えこんでいました。

折しも、大広間では、白い宗教儀式の衣服を着用した修道女達が、ポセイドン神に捧げる<敬虔なる舞>を舞っていました。彼女たちは剣を抜きました。すると、場内は赤い光に満ち満ちました。その光は、オリハルコンの剣のものでした。

赤い光を周囲にきらめかせながら、修道女達は厳粛に舞いました。それは、緩やかな動きであり、荘厳でした。そのきらめく赤い聖なる光は、ポセイドン神への捧げ物でした。

オリハルコンの舞を遠くに見ながら、ルーイは大広間に近づこうとしました。けれども、一定の時間毎に巡視兵が回ってきますから、そのスキを狙うしかありません。

巡視兵から逃れるため、ある部屋に入ったルーイは、女官の衣装が沢山置いてあるのに気づきました。ここは、王室に仕える女官の控えの間と思われました。

ルーイはある事を思いつきました。ルーイは12歳で、まだ顔立ちも幼く、背もそれ程高くありませんでした。このため、侍女になりすませればと思ったのでした。

白いロープを肩からかけ、顔をフードで覆いました。何とか侍女として誤魔化せるだろうと考えたのでした。

その時、・・・・・。

ドアが突然開けられ、出し抜けに大声が飛んできました。「しまった。気づかれてしまったか」と、緊迫するルーイ。

うつむきながら見返しますと、それは小さな金の冠を付けた色白の少女で、亜麻色の長髪を後ろで束ねていました。そして、ギリシア風の極彩色の衣装に身を固めた上品そうな少女でした。

年齢や背格好はルーイと同じくらいでした。が、表情は高慢そうで、その高飛車な言葉にルーイは圧倒されたのでした。

「ちょっと　そこのあなた！！私のベッドカバーは何時でも赤にしてと、何度もあなた達に言っているじゃない。それなのに、今日も、プルーのカバーにして！何回言ったら分かるの。何とか言いなさいよ。どうなの！！」

ルーイは冷や汗がどっと出ました。でも、まだ気づかれていない事は分かりました。ここで疑われてしまえば、もう逃げる手だてはありません。声を控えめにして、やり過ごそうとしました。

「私は…、存じませんでしたので、申し訳ありません」

「ちょっと来て！！あなたも、目の前で見たなら、きっと分かるでしょう」

その少女は、矢庭にルーイの手を取ると、どんどんと王宮の奥へと引っ張っていきました。途中の警護兵たちは、彼女の剣幕に気圧されて、警戒網を解きます。そして、彼女の部屋らしい所へ連れていかれました。

「さあ、これを見て！！ほらっ、プルーのカバーでしょ。アトランティスはいくらブルーを神聖視するからといって、私は好きじゃないの。これは、皆に言っているはずよ！！あなただけ知らなかったなんて言わせないから！！」

「・・・」

「誰がやったのか知らないけれども、代わりにあなたに謝って貰いますからね。名前を言いなさい！！」

「・・・」

「名前が、言えないとでもいうの？お母様に言いつければ困るでしょ。だから、さっさとおっしやい！」

「・・・」

「どうしても、言えないというのね！ならば、良いわ。フードを取りなさい。顔をちゃんと覚えててあげるから！！」

ルーイは観念しました。もう、これ以上隠し通すことは無理だろうと思いました。顔を見られれば、おしまいだろう。

イヤ？！

それよりも、先ほど、お母さんがと言っていたから。もしかしたら、この少女は王女かもしれない。ならば、人質にする手もあるだろうか。等々、色々考えたのであった。

しかし、女性を人質にするのは、どうしても自分のプライドが許さなかったのでした。そこで、ルーイは観念して、フードをゆっくりと外しました。

相手の、少女はいぶかしそうな顔をしました。そして、言いました。

「あんた。一体、誰？」 ルーイは、真剣な顔をしていた。そして、静かに言いました。

「僕は、ルーイ。女王と会うために、こうやって変装してきたのだ。あなたの母親は僕の国を植民地にし、僕の父を亡き者にした。だから、やってきたのだ」

ルーイが驚いた事に、少女は全然、恐がりもしなかった。それどころか、興味深そうに言った。

「へ一工、そうなんだ。今時、こんな事を考える人っていたんだ」

ルーイはビックリした。彼女は全く恐怖心を抱いていないと感じられたからである。少なくとも、僕は味方ではないのに。それなのに、彼女は自分の命の危機が分からないとでもいうのか。それとも、人を疑う事を知らないのだろうか。

目元が好奇心に輝いているようにさえ見えた。加えて口調から考えてみれば、面白がっているとさえ思えた。

ルーイは、相手の対応に半ば呆れながら聞いていた。その様な疑問には、全く、答えもせずに少女は高飛車に告げた。

「あなたが、何を企んでいるか知らないけれども。言っておくわよ。お母様は女王でルーラと言うんだけれども。お母様は、未来を見通す事ができるの。だから、きっと、あなたが入り込んできたことくらいは、とうの昔に知っていたはずね。これまでにも、同じ様な事が何度もあったのだもの。だから、あなたが本当に危険な存在だと思えば、前もって衛兵に命じて、捕らえさせちゃうんだから。それを放っておいたと言うことは…。あなた、大そうな人じゃなかったということね…。私、丁度退屈していたところなの。あなたの計画に協カして上げても良いわよ。私の名前はラーラ」

「？？？」

「でも、忘れないでよ！私を怖がらせたりすれば、お母様がすぐさま気づいてあなたなんか簡単にやっつけてしまうのだから」

王女の目は、悪戯っぽくキラキラツと輝いた。きっと、王女には、上流階級の人の良さ・育ちの良さが出ていたのであろう。

まあ、彼女の場合は、勝ち気な要素の方が強いように思えたが、何故か、ルーイは王女に気にいられているようであった。ルーイは女王に会って、本当の気持ちを知りたいと述べた。でも、いざとなれば、衛兵相手に玉砕する事も覚悟していた。

ラーラに連れられて、大広間に出たルーイではあった。が、その場は騒然とした雰囲気に包まれていたのであった。ラーラの様子を見ていると、どうもいつもと様子が違うらしい。彼女は、近くの執事に尋ねていた。

「一体全体、どうしたって言うの」

「ラーラ様。今し方、ルーラ女王様が、重大発表をされたのです」

「エッ!　一体何を…」

「それは、この国に迫り来る危機についてです」

「・・・」

「政治を行う元老院は、相手への抑圧を考えずに、次々に力による侵略を企てていましたから。ルーラ女王様は、これまで何度も元老院におっしゃっていました。

『国を運営していくあなたたちが、〈相手に無理矢理言うことを聞かせる植民地主義>など傲慢さを止めないのならば、いつかきっと天の裁きが下りますよ』と。

けれども、征服欲溢れた元老院の貴族たちの事。<これまで植民地にした国は、ポセイドン神に捧げてきたのだから>と、ルーラ女王様の警告を全然聞き入れようとしませんでした。

でも、今日のお告げで、<あなた達が悔い改めなかったので、ポセイドン神は裁きを下すでしょう。それは、1週後のアトランティスの収穫の日。天が二つに割れ空が落ち、地の底が抜けてしまいます。そして、その後、アトランティスは飲み込まれてしまうでしょう。

「今からでもきっと遅くないから、ポセイドン神に幟悔して祈りましょう」とルーラ女王様は告げられたのでした。

「まさか…。そのような事が・・」

「ラーラ様。それだけではありません。そのお告げに対して、貴族の代表のペテル様が反論したのです」

「私、あの方キライ。いつも、お母様に反対してばかり・・・」

執事は、ラーラの言う事を聞いた後に、話を続けた。 華麗なるペテル様が紳士然としながら、<ルーラ女王様、それはポセイドン様への生け贄が少なすぎるからではありますまいか。 それを、我が物顔で他の国を征服してきたと受け取られるのは心外の事。

これまで、我々はアトランティスの文化を広めるため、他の国に我らの武カを見せてきたのではありますまいか。そうして、他の国の文化を高めてきたのですから。

確かに、植民地にとっては、古来の風習を変えさせられたかもしれません。
でも、それは、相手の知らない科学を教えるには、まず我らの言うことを聞かせなければなりますまい。そうした行為は、相手への優しさ慈しみであって、それがどうして強圧さと言えるのでしょう。

ポセイドン神が授けてくれた科学。それを伝えてあげるのですから。それが神の怒りになぞ触れるはずないではないですか。

それに、謹んで申し上げますが。ルーラ様はこれまでも、アトランティスの終わりが来ると、何度もおっしゃられた。その度に、我々は問題点がないかと反省してきましたが、とうとう裁きは起きませんでした。

何時も、我々を一方的と言われますが、あなた様こそ、我々を従わせようというのではありませんか。

ペテル様はそう述べられるやいなや、大事なポセイド神への祈りの夜を中途で退席されました。それで、その場は騒然としてしまいました。同席していた多くの貴族の方も、今や実権を握って居られるペテル様には逆らえませんから。

一人また一人と、同調するかのように退席されたのでした。確かに、ペテル様の方策で、植民国は100国を越えましたから。我が国は戦勝ムードですし、絶頂のペテル様は、ルーラ女王様の事を快く思って居られないかもしれませんし、いや。これは言葉が過ぎてしまいました。

それでも、女王様は国民に<この国を去った方がよい>と知らせる事を決めたと述べられました。

「裁きって、一体・・・。天が割れるとは？」

「さあ。私どもには分かりません。でも、これは、アトランティス始まって以来の危機だと言うことでした」

「分かったわ。有り難う」

部屋に戻って、ラーラは言った。「これじゃあ。当分。お母様には会えないわね」 国民には「1週後に、天が割れ、この国の底は抜けてしまうだろう。だから、この国を後にした方がよい」という女王の声明が出された。

しかし、国民の大半はそういったニュースには無頓着であった。それとも、最初の反応が「アハハハハ。また？」との高笑いの人も数多くいた。

というのも、これまでもアトランティスには裁きが来るであろうという声明は何度か出され、国民は慣れっこになってしまっていた。

また、植民国が増えていくにつれて、＜傲慢さを改めれば、損をする＞とのコンセンサスさえ出ていた。というのも、改めて協調しようとする人たちは、一方的な人たちに良いように扱われたためであった。

戦勝ムードも影響していた。物質的な幸せに酔っていた人たちは＜アトランティスには科学力があるから、クリスタルの力があるから。それを使えば危機なぞ乗り越えられるだろう＞と楽観していた事もあった。

だが、少しずつではあるが、アトランティスの危機を直感して、国を後にしていく人たちも出ていた。その人たちに対して＜何をバカな事を。臆病すぎるじゃないか＞とTVや街中のウワサでも、皆のからかう対象となっていた。

いつの間にか、国を後にするのは恥であるとさえ見なされ始めていた。ここにも、元老院のペテルと同様、女王の声明をそれ程重要視しようとしない、思い上がりと冷ややかさに裏打ちされていた。

けれども、ここで忘れてならないのは、心底では彼らたちもまた怯えていたのであった。ただ、時の流れがそれを許さず、嘲笑する事で紛らしていたのだ。

1日が過ぎた。そして、2日目が過ぎ、3日目になった。

秋だというのに異常に暑い日が続いていた。空は、太陽が沈まないのではと思える程であった。

その日に、空の一点が何やら光っているのに気づいた人が出た。そして、アトランティスの科学は、それが彗星で、7日目の午後に地球に最接近する事を予測した。

そのニュースは、直ぐにアトランティス中を駆けめぐった。国民たちはゾッと恐怖に包まれたのであった。が、科学省の発表によって一同はホッとしたのであった。

科学省は、万一、彗星が衝突しうるならば、王宮のクリスタルからエネルギーを放射し、それによって彗星の軌道を逸らせると発表したためであった。

効果的なエネルギー照射は、7日目の朝と計算された。

一時は「裁きが来た！」と慌てふためいた人たちもいたが、周囲の人たちの失笑を買ったのであった。

「やはり、アトランティスの科学は何でも出来る。どんな事があっても、世界は我らの思う通りだ」と高揚した心が支配していた。

が、その一方で「本当に大丈夫なのだろうか？」という疑問の心もこれまでになく揺れ始めてもいた。だから、他の人が不安がれば「おまえは、アトランティスに合っとらん」と殊更オーバーに嘲笑したのであった。

ルーイは、彗星の話を聞かされたがピンと来なかった。ラーラの真剣な表情を見ながらも、あんなに小さな空の星が、地上に何の影響があるのかと不思議に思っていた。

「アトランテイスに危機が迫るという予言。お母様は、これまでにも何回もしたの。でも、具体的な話でなかったから。皆、油断しないように警告してくれている位にしか思っていなかったわ。でも、内容をハッキリ言ったのは今度が初めてなの。それ以外では、お母様の予言は外れた事はなかったから」

4日目・5日目が何事もなく過ぎた。

次第に彗星は成長し、長い尾は輝きを増した。彗星は、人の都合など全く無頓着なように一歩また一歩と、一種軽やかに音もなく近づいてきた。そして、次第にその姿を誇示し始めていた。

それは、真っ青な大空にヒビが入った様にも見えた。これでは、どこに逃げても危険は変わらないではないか。

6日目のこと。突然、ラーラは母親から呼びだされた。

ルーラ女王は忙しく、1ヶ月も顔を会わさないこともままあったのであった。ましてや、後一日で、国の存亡の危機が来るかもしれない重大時であった。

ルーイは、これが最後のチャンスだとばかりに、侍女の衣装で付き従った。女王の間は、伸び上がるような高い空間で、黄金で全面装飾されており、まぶしさに幻惑される程だった。

女王は、ダイヤモンドを散りばめた高い玉座に座ってこちらを見ていた。

数名の衛兵は、女王から命令されたらしく、部屋を後にドアを閉めた。ラーラの母親は、アトランティスの前に、自らの危機が迫ろうとは思っていないのか。

「お母様。ラーラ、ただいま参りました」

と、突然。ルーイはラーラを羽交い締めにして、ナイフを彼女に突きつけた。

ラーラは、まさかこの様な事をするとは、とビックリしたが、そう心配するでなしに抵抗せずに従っていた。 さすがに、母親は顔色を変えて言った。どうも、彗星の事で頭が一杯だったらしい。

「お前は？ああ、そうだった」

女王はハッと気づいた顔になった。

「お前のために、父親はやっつけられた」

「名前は？」

「ルーラ女王！お前が父親にした事を、やっぱり許せない。ここでカタキを討つ！！」

「そうなのか…」

「逃げたり、衛兵を呼ぶというのなら、今ここで私はラーラ共々、死んでしまおう。さあ、どうする」

「ちょっと、あなた。止めなさいよ！一体、何を考えているというの」

事の成り行きに、ただならぬ雰囲気を感じたラーラは、手を振りほどこうとした。が、ルーイの手はビクともしない。ルーラ女王は言った。

「ハッキリ、言いましょう。アトランティスは、明日滅びの道を歩む事でしょう。そして、お前の父親にした事を許し、娘を許してくれるのであれば・・・。私は喜んで、お前に討たれよう」

「お母様。止めて！！お願いだから」

ルーイは、女王の言葉に半ばギクッとした。あまりにも、あまりにも予想とかけ離れた言葉だったからであった。それでも、気を取り直し、ゆっくりとラーラから離れた。そして、ナイフを女王に向けたまま、静かに近ずいていった。

「お前は、ハル国から来たのであろう。お前が来る事は予知していた。そして、ポセイドン神への祈りの夜に、王宮に侵入するであろうことも。だから、思い出してみるが良い。飛行艇の着陸場でも、王宮の裏側の門でも、警備はそれ程でもなかったではないか？」

「エッ？何故、それを・・・」

女王は静かではあったが、威厳のある声で話を続けた。

「確かに、アトランティスは、科学力において、今までかつてないほどの進歩を見せたのです。それも、最初の志は、皆が平和で素晴らしい生活を送れるようにとの純粋な願いであったはずです。そして、科学カが進歩し、生活が便利になり、思い通りの生活ができるようになり、それは素晴らしい事ではあったのでしたが…。けれども、それと共に物への欲望が止めどなく増えていきました。

それは、＜物質的に満たされるためなら、他の人々を編しても良いではないか＞或いは、＜力が上回っていれば、弱者から取り上げても良いではないか＞という発想でした。

その発想は留まる所を知らず、アトランティス国中一丸で科学力は進歩し、全世界を制覇できるまでになったのでした。

そして次に、世界の頂点に立ってみると、その時には、同じアトランティス人でさえも思いやるという協調心が消え失せていました。それまで協力しあったのに、彼らたちのつながりさえも重視しなくなったのでした。

その事は、＜他の人の価値観から学ぶ・他の人の立場を考えてあげる調和の精神＞とは全くかけ離れた、＜自分を押し通すことばかり考えている利己的な精神＞、＜上辺だけきれい事で済ませれば、何をしても良いといっ偽善心＞を持つ人ばかりになっていたのです。

こうして、アトランティスはかつてない科学を擁するに至りましたが、同時に、かつてない傲慢さに陥ったのでした。そのために、あなたのお父さんの悲劇を招いてしまった事は、重々承知しています。

ですから、お前が、やってくると予知した時、お前に討たれても仕方ないと思っていました。でも、よりによって、こんな時に、彗星がやって来て、しかも一日後にアトランティスは終焉を迎えるとは」

女王の言葉を、ルーイは歯を食いしばって聞いていた。内容は分からないではなかった。が、＜騙されているのではないか＞とも思った。

でも、それ程、女王の言葉は、真に迫った心からのものであった。＜では、カタキを討てば、それで父が救われるのだろうか＞＜でも、出来なかったら、どうすれば…>と、心臓の鼓動は留まるところを知らないように早鐘をうち続けた。

冷や汗でびっしょりの身体は、ブルブル震えだしていた。頭が半ば空白になって、身体が硬直した。

だがそれでも、ナイフを握りしめながら、目の前の玉座の女王に近ずいた。そして、ルーイは両手でナイフを振り上げた。

後方から、ラーラが「ルーイ！止めて。お母様を許してあげて！」という悲痛な叫びが遠く別世界から聞こえてくるように感じた。ルーイは、突き動かされる様にナイフを振り下ろした。

鈍い音が、女王の間に響いた。 ナイフは、見事に突き刺さっていた。

しかし、…。ルーイは、自ら足を崩したため玉座の手前の床にナイフは振り下ろされていた。

「ちくしょう。ちくしょう…」

涙が、あふれ出て、どうすることもできない。先ほど、ナイフを振り下ろそうとした時であった。ルーイは父親が負けた時の事を思い出していたのであった。

相手はオリハルコンの剣を持っていたのだ。だから、父親の鉄の剣では到底勝ち目はなく、無抵抗と同じなはずだったのだ。それなのに、相手はオリハルコンを振り下ろした。

これでは、今、私が無抵抗の女王にしている事と変わりがないではないか。相手に恨みを晴らしに来たのに、当の相手と同じ事をしているのだから。ルーイは激しく葛縢していた。ルーイは、歯ぎしりをしながら、両手を床につきながら、頭をうなだれていた。

涙がポタポタと床に落ちていった。時間が何時までもどこまでも遠く遠く、静かに静かに流れていく様に思えた。

そして、心のどこかで、今のうちに女王が逃げ出してくれれば、それが一番良いのではとさえ思っていた。

ルーイは、次第に心が固まっていた。＜やはり僕には、無抵抗の人は殺せないのだ＞と。

しばらく経った後、目を上げたルーイは驚いた。何と、ルーラ女王が目の前で脆いていたからであった。ルーイは呆然としながら、突き立てちナィフを床から引き抜き、ゆっくりと立ち上がった。

そして、しばらく宙を見ながら考えていたかと思うと、ため息をついた。そして、刃先を持って、脇に放り投げた。

ナイフは乾いた音で、カラカラと響いた。ルーイは言った。

「もう、良いんだ。これでは、何時までも同じ事の繰り返しだから。そして、ここまで連れてきてくれたラーラを、私と同じにしたいとも思わないから」

「・・・・・」

「やはり、僕には人殺しはできないだろうと思っていたし」

「一日、命を助けてくれた事を感謝します。これでやっとアトランティス国民と運命を共にする事ができます」

「エッ。女王は脱臭つしないのですか？」

「女王の私が、どうしてアトランティス国民を捨てて逃げ出せますでしょうか」

女王は、当たり前の如く、優しく微笑んで言った。それを聞いたルーイは、先ほどのおぞましい決意が実現しないで良かったと、心底胸をなで下ろしたのであった。

先ほどの凶行に及べば、明日のアトランティス国民たちは、如何に悲劇を増すことであろうか。遠くから、女王の声が聞こえてきた。

「・・・・・するのです」

ハッと、気づいたルーイ。女王は、再度、告げます。

「さあ、ルーイ。あなたは、アトランティスと運命を共にしてはなりません。ここから早く脱出するのです。以前から、あなたのために飛行船が用意してありました。たから、それで、南に進路を取れば、ハル国に帰られるでしょう。

ラーラ。あなたにも、お願いがあります。あなたは、私の代わりにルーイを送り届けてほしいのです」

「お母様、イヤです。私、お母様と運命を共にします」

ラーラの言葉からは、いつしか勝ち気さが消えていた。そして、心から、母親の幸せを願っている様に見えた。

それはルーイに父親との別れを思い出させていた。

「ラーラ。私の願いを聞いて欲しいの。あなたは、私たちアトランティスの科学や、こうなった理由を後世に残していかなければならない役割があるの。いつの日にか、今の私たちと同じように、文明が行き詰まってしまう時が必ず来るのです。その時に、私たちが如何に進歩したか、そして、如何に誤った道を歩んでしまったか。それを、後世に伝える使命があるのです」

それは、あなたにしか出来ない事なの。そして、私自身は、アトランティスの償いをしなければならないの。ルーイも、私を許してくれたのだから。お願い、ラーラ」

「・・・・・」

ラーラはうつむいて、ただ黙っていた。きっと、泣いているのだろう。

「アトランティスは、小一時間もしたら、彗星の影響によって大きな地震が起こります。それで、王宮のクリスタルが破壊され、彗星からアトランティスを守れなくなってしまうでしょう。これが思いあがったアトランティスヘの天からの裁きなの。だから、早く。お願いラーラ。
ルーイ。私がこの様な願いをするなんて、筋違いだけれども、お願いします。飛行船には、アトランティスが後世に託する重要な歴史と技術資料が収めてありますから。それを、ラーラと協カして、来るべき日のために、護って欲しいのです。それは、あなたたちにしか出来ないでしょう。ラーラと一緒によろしくお願いします」 その時、少し強い地震が起こったのであった。

それによって、シャンデリアや家具調度品が倒れた。王宮内では、人々の驚きの声で騒然としていた。

ルーイは、女王の言っている事が真実だろうと確信した。余震が収まって後、ルーラ女王の案内に付き従った。ラーラは、その場に立ちすくんでいたが、女王の気持ちを汲んだルーイはラーラの手を引いて行った。

王宮内は騒然としており、身の回りの事で精一杯だったため、ルーラ女王に付き従っていても、全然、不審の目を向けられる事はなかった。

階段を幾つも幾つも登り切った所に王宮のべランダがあった。そこには5名乗り位の小型の飛行船がつなぎ止められていた。どうして、飛行艇ではないのだろうかと、ルーイは不思議に思ったが・・・。

外は、夕暮れが迫っていた。ラーラは、泣き続けていたのであったが、最初と異なり、覚悟を決めた様子であった。女王は言った。

「さあ。私が案内できるのは、ここまでです。これ以上、ここに居れば、王宮中が大騒ぎになるでしょうから。これから女王の間に戻って、あなた達を見送ることにします」

「お母様…」

「無理な事を言う母を許してね。あなたとは、もっともっと一緒に過ごしたかった。いつまでも、あなたを見守っていますからね」

「お母様…。きっと、ご無事で」

「ええ、ありがとう。そして、ルーイ。ラーラをよろしくお願いします」

「はい」

飛行船は、元々セットされていたらしく、スムーズに始動した。そして、二人を乗せてフワリと浮かび上がると、ゆっくりと高度を上げて行った。まるで空の上に敷かれたレールを滑るように、真っ直ぐに進み始めた。

ラーラは暫く無言のままうなだれていたが、ハツと指をさした。

「あっ、あそこに…」

彼女の指先を辿った女王の間からは、女王が優雅に手を振り、送り出してくれた。ラーラは、それに応える様に一目散に手を振った。

「さようなら。お母様・・・。さようなら。お母様の願いは、きっと・・・」

ラーラ王女とルーラ女王との最後の別れを惜しむように、ゆっくりと飛行船は王宮を離れていった。

暫く飛行していると、中心島の外れに近づいてきた。すると、領空を守る飛行艇が、ルーイたちの飛行船を発見した。そして、着陸するよう命令し始めた。

しかし、飛行船には王家の紋章が入っていたため、手出しはできなかった。それでも、中心島から離れるとなれば事情は異なるだろう。飛行艇は最後通告を行った。

「もしも、中心島から離れるならば、捕獲作戦に出る」と。

「どうしたら良いのだろう」「困ったわね。これには、武器など、一切積んでいないし。それに、この船では到底、飛行艇からは逃げられないわよ」

「何故、お母さんは、飛行艇ではなく、飛行船を用意したのだろうか。全然、見当も付かない」と、ルーイが言った時。突然、大きな地震がアトランティスで起ったようであった。

それは、女王の予言通りの時刻であった。ラーラは「やはり、そうなのね」とつぶやいていた。

大地は竜がうねっているかのごとく見えた。高層ビルはまるで、暴れている竜の背ビレのように乱れ打った。そして、竜のカ強さを示威するかのように、そこここからバチッバチッと無数の火花が飛び散っていた。

沢山の場所から火の手や煙がもうもっと上がった。幾つかの高層ビルは斜めになったようであった。

王宮のクリスタルは一体どうなったのであろうか。それは、女王が予言していた通りクリスタルの塔は傾き、エネルギーが稲妻のように空へと放電していた。

太陽から預かったエネルギーが、再び太陽に帰っていく様にも見えた。金・銀・赤・緑の奇跡の光を閉じこめていたクリスタルだったが、放電していくに従い、輝きを薄めていった。

その時であった。

並んで飛行していたはずの、飛行艇が急に高度を落としていった。パイロットは慌ててパラシュートで脱出した。

中心島の上空には、飛行艇や鉄道やエアカーなど幾多の交通機関が活動していたのであったが、今や全く息を潜めてしまった。アトランティスは暗闇を征服したはずだったが、今初めて暗闇が攻め込んでいた。

火の手は大分収まったが、人エ的な光はもう見えなくなっていた。それは、アトランティスの科学力に屈服していたはずの自然が、その主権を取り戻しつつある様に見えた。

ルーイは良く分からなかったのであったが、アトランティスの科学は、クリスタル・エネルギーによって成り立っているため、それが消失してしまうと、都市が全く機能しなくなるらしかった。

この事は、クリスタル・エネルギーを使って、彗星の破片からアトランティスを守ろうという試みが出来なくなったことを意味した。

女王の言っていた通り、アトランティスは裁きを受けているのかもしれなかった。得意の絶頂にあっただけに、なおさら最後のきらめきに見えた。

女王にはこの事が分かっていたから、最も原始的な飛行船という手段を用意してくれたらしかった。

「お母様は、これから緊急声明をだすはずだわ」

「エツ?」

「・・・・・」 運命の7日目がやつてきた。その日は晴れていて、穏やかな祝福された日にさえ思えた。

しかし、そこには彗星が大きな尾で、空を割っていたのだ。

嵐の前の静けさであった。アトランティスの中心島では、懸命なる復旧作業が繰り広げられていたはずである。しかし、そこここの倒壊した建築物は、復旧作業を、遅らせていた。

国民たちは、女王の声明を聞いていた。

｢国民の皆さん。大丈夫ですから安心してください｣

｢あの彗星は地球の近くを通り過ぎるだけだったのです。ですからこの国には落ちないことを告げます。心からアトランティスの復興に尽力していただき感謝します」という内容であった。

国民たちは、倒壊を免れた公共建物やスタジアムや広場で夜を明かしたのであった。彼らたちは、これまで得意の絶頂にあったから。素晴らしき日々が何時までも何時までも続くであろうと思っていたから。それが、突然に、どん底に追いやられてしまい、呆然としていた。

皆が身を寄せ合って、背中を丸めていた。彼らたちは女王の声明を信じようとしていたが、心の底では来るべき運命を受け入れる覚悟が固まりつつあった。

それは、今の今まで忘れられていたはずの、人と人との絆を思い出させたようであった。

「これまで、他の人達とこうして身を寄せ合った事はなかったなあ」など話し合う家族の姿も目に付いた。

この時になって、隣の人と初めて話したという人たちもいた。周囲の人々が何故だか懐かしく思えたのであった。傲慢さによって忘れ去られていた、自然との関係・人と人との関係が思い出されていた。

「今の今まで、何だか悪い夢を見続けてきた気がする」と独り言を言う人もいたり、「今更言うのも何だが・・・。ああ！これまでは、科学力によって、他国をこの様に破壊し、それが当然の事だと思っていたが、いざ、自分がやられてみれば、もう少し、大切に扱って上げても良かったかもしれない」とつぶやく人も居た。

でも、皆が等しく、周囲の人を思いやっていた。空を見上げた人たちは見ていた。彗星は、かなりの大きさに見えた。長い尾はひび割れに見え、天の底が抜け落ちるように見えた。

＜まさか、本当にこの様な事があったのか＞と思った。ことわざに杞憂という言葉があるが、まさにそれを笑えない状態であった。それでも、彗星は、地球にあるところまで近づくと、後は高速で離れて行ったのであった。

が、それでも解決したわけではなかった。というのも、幾つかの破片が地球に引き寄せられてしまったためであった。

或るモノは途中で燃え尽きてしまったり、別のモノはアトランティス上空をグォーッという激しい音を後にしながら幾つも通り過ぎたりした。

だが、女王の予言通りアトランティスを直撃することはなかった。幾つかが、遠く離れた洋上に激しい振動と共に激突し、核爆雲が上がった。

それからしばらく経ってから、中心島の背後のアトランティス母島に位置した4000m級の火山が、今や大噴火を始めたのであった。

彗星の激突により、地下プレートが歪んだためであった。噴火の激しさは筆舌に尽くしがたく、噴き上げる火柱と黒煙は…300キロも離れた飛行船のルーイたちにも見て取れた。それどころか、幾つかの火山弾が付近をかすめていった。

幸いなことに飛行船には直撃しなかった。いや！しないように運命ずけられていたのかもしれない。

その光と衝撃音に包まれた時、これまで平和に見えた母なるアトランティス島であったが、突然、急峻な火山の火口からは巨大な火柱が立ち、赤々とした溶岩はオリハルコンの赤さに似て、威風揚々と中心島に迫っていた。

その時であった！！

火山がグラグラと身震いを見せながら、次第に身をかがめるように背丈が低くなった。だが、それは火山が崩れたためだけではなかった。

徐々に、アトランティス母島が海中に沈み始めていた。

上空には黒雲が渦を巻き初めていた。再び、ドーンという音がし、火柱が上がるとたくさんの火山弾が降り注ぎ始めた。

自然の圧倒的なるパワーの前には、いくら科学の粋を極めたアトランティスでも無力であった。その姿を、ポセイドン神の大洋に返しつつあった。

その瞬間！ラーラの目の前で時間は止まり、沈黙の音と時間の世界にアトランティス島はそこに居た。

「さようなら。私を育ててくれた、母なるアトランテイス。さようなら、お母様。さようなら、幸せだった日々。さようなら｣

母と一緒に過ごした時間が、幸せだった時の流れが、まるで白い波頭が打ち寄せるかのごとくに、次々と目の前に浮かんでは消え去っていった。

ラーラの目には、いつしか涙があふれていた。

幸せな追憶。小さい頃、遊び疲れて母親の膝に眠った事。アトランティス母島の中部平野に象を見に行った時、珍しさの余り、直前に飛びだしてしまい危うい目に会い、母親からこっぴどく叱られた事。

空中艇で南極に行った時、雪ウサギを追いかけているうちにはぐれてしまい、お付きの者たちが大騒ぎした事。それらの、夢また夢の連続。記憶の渦また渦。一体、それからどれ位の時間が経ったのだろうか。

ハツと我に帰ると、今、思い出したかの様に、再度、アトランティス島は黒雲の中に沈みはじめた。火山の頂上付近は見通せなかったから、恐らく豪雨になっているのであろうか。また、雲の切れ間からは、稲妻が島を打ち据えるように叩きつけていた。

アトランテイス島が徐々に海中に沈み始めていた。

海面のそこここには、どんより広がっ暗黒色を背景に泡沫のような灰色の波が立ち、濁った渦潮が巻き始めていた。火山はアトランティス母島が海中に没するのに必死に抵抗するかのごとく、なお一層激しい噴火を始めていた。

海に接した溶岩は、激しく反応して水蒸気を上げ、最後の抵抗を試みていた。火山は、次第に背をかがめていた。それでも、海の攻撃は休むこともなく続けられた。

ポセイドン神のアトランティスだからこそ、ポセイドン神が最後の決着をつけると言わんばかりであった。

そして、その夜半。とうとう、アトランティス島は、海中にその姿を消したのであった。 8日目の朝が明け始めていた。徐々に、水平線の赤い輪郭が、闇夜に浮かび始めた。そして、それまでの闇の世界は、次第に希望の光の世界にその座を譲りつつあった。

晴れた空の下に、飛行船は南に進路を取っていた。ラーラの視線は遠くに向けられていた。

「この方向に、アトランティス島があったのだわ」

「お母さんは、本当に気の毒だった」

「ウウン。お母様は・・・、アトランティスの人々と一緒だったから、きっと幸せだったと思う。これで良かったのだと思う」

ラーラは悲しみの中にあるはずなのに海風は、そんな気持ちを察しないのか、彼女の頬を優しくそよぎ、髪を心地よさそうになびかせていた。

ラーラは、ジッと一点を見つめていた。

その場所は、昨日までは、確かにアトランティス島があったはずなのだ。そこと思われる海は黒褐色に渦巻いて見え、起こった事の激しさを物語っていた。

もう、アトランティスの火山も島影も海の底に消え去っていた。

「皆、無事に逃げられたかしら」

「きっと、そうだよ。何時の日か、きっと出会えるよ」と、ルーイは慰めとも付かない言葉をかけた。ルーイもこの1週間で成長したのだろう。

静かな時間が流れていた。気を取り直してルーイは言った。

「お母さんは南へと言っていたけれども、そこには、ハル国があるんだ」

「・・・」

「そこは、常夏の国で、景色も素晴らしい所なんだ。食べ物も美味しいし。そうだ、今度、近くに海があるから、魚を取って上げるよ。それに・・・。

それに、ハル国は、アトランティスのように科学は進んでいないけれども、皆、仲間を思いやり、助け合っていく良い人たちばかりだよ」

「ありがとう。でも、私は・・・」

「大丈夫。ラーラには責任ないよ。それに、きっと、皆と上手くやっていけるさ。きっと、何とかしてあげるよ」

ルーイは、これが慰めになるとは思っていなかった。でも、こうした言葉しか思いつかなかった。

遠くを見続けていたラーラであったが、ふと、ルーイが一生懸命、自分に話しかけていたのだということに気づいた。すると、肩からフッと力が抜けたのであった。厳しかった彼女の表情は少し和らぎ、ルーイの方に微笑みかけた。

ルーイの顔はパツと明るくなった。ラーラはゆっくりと背伸びしながら、視線を遠くに戻した。

「そうだ。そうなのだわ」

ラーラは、心の中で確信していた。

「この人と人との繋がりこそが、アトランティスの運命を変えるはずだったのかもしれない」と。

「ありがとう、ルーイ。ここまで来たのですもの。もう、後ろを振り向かないわ。お母様がアトランティスと共に生きてきた様に、私もアトランティスと共に生きなければならないのよ。だから、お母様の願いを、きっと叶えてあげたい。将来、何時の日にか、アトランティスのように科学文明が進歩して、そして、物での満足と引き替えに、人と人との繋がりがなくなり、相手をただ自分の思い通りにしたいとばかり願う人が世の中一杯に増えた時＜こうした、他の人を考えない思いあがりで、同じ過ちを繰り返さないでほしい＞というのがお母様の願いだったから」

ルーイも同じ方向を見据えながら言った。

「だからこそ。アトランティスが海の中に跡形もなく消えてしまったからといって、それを忘れてはいけないんだね。君のお母さんは、それを教えてくれたのだから」

「そうね。本当にありがとう。今、ここで心からお礼を言いたいの。あなたが居なかったなら、私一人ではどうしようもなかったでしょうから」

「そうかなあ…。僕はアトランティスの科学なんて分からないよ」

「人と人との繋がりを教えてくれたのは、それ以上に大切な事よ」

「君とも出会えたのだし！」ルーイは軽口を言った。

「そうよ。有り難く思いなさい」

「まいった。アッハッハ」

「フフフ…」

カモメがミューミュー鳴きながら、餌をねだるように近くを飛び始めていた。遠くには、陸の姿らしきものが見え始めていた。海の色も徐々に近海の緑っぽい色に変わり始めていた。

きっと、飛行船はルーイの国へと向かっているのだろう。風はそよぎ、太陽はキラキラ輝き、困難を乗り越えた二人を讃えてくれているかのごとくであった。

では、飛行船に積んであったはずの、アトランティスのクリスタルの秘密は？オリハルコンは?科学文明は？一体どうなったのでしょうか。

その科学技術が伝えられ、エジプトに巨大なピラミッドやスフィンクスなどの建造がなされ大いに文明が栄えたという言い伝えもあるが。

そして、彼らたちは一体どうなったのだろうか。それは分からない。しかし、二人が強い絆を持っていたという事だけは言えるだろう。

そして、海中に消えてしまったアトランティスの物語は、次の世代、その次の世代へと伝承されていった。

二度と、この悲劇を繰り返さないために。完