愛知県内のJRで起きた認知症の人物による列車事故に関する最高裁の判決が話題になっていた。賠償責任が家族に及ぶかという争点が存在したが、結果として判断されたことは家族まで責任が及ばないということだった。
このニュースを報じる新聞記事を読みながら、女将の佐弥香は4年前の事件のことを思い出した。それは大浴場で起きた予想もしていなかった出来事だったが、それがきっかけで大浴場の脱衣場を大改造。それまで籐の籠だった衣服入れを止め、全て銭湯のような鍵付きのものに変更したのである。
事件は男性大浴場の脱衣場にある電話からフロントに掛かって来たことから発覚、「浴衣は同じだけど私の下着が変わっている。場所も違うので誰かが間違ったようだ」という不思議な出来事だったが、それは5分も経たない内にある部屋の電話から「主人が誰かの下着を間違って来てしまった」というお詫びがあり、ご本人が軽度の認知症であることを知った。
そんな事件が起きるとは想像もしなかったが、先代女将の時代から「もしも」の備えは重要だと用意してあった新品の下着が役立つことになって収束することになったが、こんなことは二度とあってはならないことだとリニューアルを決断した佐弥香だった。
先代女将が女性用と男性用の下着の備えを始めたのは随分前のことだが、そのきっかけになった事件のことを佐弥香は社長である夫から教えられていた。ある女性のお客様が就寝前に部屋のお風呂に入ろうとされ、湯を出していたのを確かめに行かれ、躓かれて浴槽の中へ飛びこまれてしまったというハプニングだった。
「まさかありませんよね?」と申し訳なさそうにフロントへ電話があったそうだが、先代女将は自分用に買っていた新品の下着を届けて大層喜ばれたそうだ。
何が起きるか分からないから恐ろしいが、様々な最悪の想定を考えて備えておくこともサービス業としては重要なことで、予期せぬことが発生した際に対処すると感謝されるのは当たり前である。
大浴場の脱衣場の籐の籠には防犯上で問題もある。仮にご夫婦で来られているお客様が大浴場を利用される際、部屋の鍵を持参されることもあり、もしも入浴中に悪用されたら大変なことになるからだ。
佐弥香の旅館では大浴場で待ち合わせが不要なように昔から部屋の鍵を2本用意していたが、籐の籠の時は貴重品ボックスを設置して対応していた。
脱衣場にある洗面場に置いてある「櫛」や「ブラシ」も殺菌ケースに入れているホテルや旅館が多いが、佐弥香の旅館では一つずつ持ち帰りが自由になっている物を提供している。
男性用の化粧品や女性用の化粧品にも拘っており、特に女性用には人気の高いメーカー2社の物が用意されていて好評である。
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