その日は午後に消防署から署員がやって来て防火対策設備や避難誘導に関するチェックが行われるので、スタッフ達は緊張しながら決められているマニュアルについて問題がないかを確認。廊下や大浴場にある火災報知機の機能が正常に作動するかも調べ、事務所から館内に流すことが出来る放送システムに関しても実際にやってみて確認をしていた。
担当責任者は、「停電の時はどうするか」と女将から命じられていたことを思い出し、何か対策はないかと考えていたが、数年前から防犯警備で契約をしている警備会社に相談してみようと思っていた。
収容人数や施設の広さによってそれらの規定条件が厳しくなるが。登美子が女将となっている旅館の防火責任者は支配人となっており、その責任者氏名はフロントや廊下の壁、また玄関のお客様の目に留まる場所に掲示してあり、「しっかりと安全に取り組んでいますよ」という訴えでもあった。
女将の登美子の性格はよい意味で言えば繊細と言えるが、あまりにも神経質過ぎるということもあり、特にお客様の安全に関する問題は誰もが驚く程で、スタッフ達に「常に最悪の想定を考えなさい」と指導していた。
そんな女将の性格を顕著に物語る例が各客室に設置してある懐中電灯である。電池の節約から宿泊施設用に開発され、壁に差し込む設置の際、電気の流れを遮断するように2本の棒が存在しており、懐中電灯を壁から取り外した時に初めて電流が流れるシステムなので電池の節約になるというものだが、女将はそれでも他の旅館が行っている期間の半分ぐらいで交換することを命じている。
「いざという時に万が一ということがあったらいけないでしょう。お客様に申し訳が立ちません。反省で済む範囲なら許されるけど、後悔することはプロとしてはやりたくないの」
そんな登美子の性格はスタッフ全員が心しており、自分達もお客様の安全第一という絆で結ばれていた。
消防署の職員がやって来た。女将と支配人と数名の防災担当スタッフが共にチェックに付き合っていたが、会議室に戻って来て指導に関するアドバイスが行われ、「何か質問はありませんか?」と確認されると「はい」と挙手したのが登美子で、彼女は新入社員もいるし、折角の機会だから救急隊員でもある皆さんからロビーに備えてある「AED」の適切な使用方法を教えていただきたいと切望した。
それは、職員にとって想定外のことだったが、救急に関係する重要なことなので実物を持って来て30分ほど説明されることになった。
「誰かモデルを」という女将の発言から支配人が心筋梗塞で倒れたと想定したが、全員が真剣に学んでいたので有意義なひとときとなった。
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