チェックアウトされるお客様を全てお見送りして、女将の登紀子が玄関横の花壇に水を撒いていると、同じ温泉地で一番大規模なホテルの女将が来館。深刻そうな表情で「愚痴を聞いて」とやって来た。
彼女と登紀子が知り合ってから十数年が経つが、あちこちに一緒に研修旅行に行ったこもあって親しい関係があるが、いつも登紀子が愚痴を聞かされていた。
「大規模な宿泊施設って、結構無駄があるでしょう。月に数回しか会場として使わない大広間も無駄だし、そこで提供する時の食事の器も満杯数の準備が必要なのだから勿体ないのよ」
登紀子の旅館は客室数も少なく個人客が中心だったが、彼女のホテルは500人でも宿泊可能な大規模ホテルで。旅行会社から送客される団体客が多かった。
「登紀子さんの旅館は客室担当の仲居さん達のシステムはどうなっているの?」
「当館は17室しかないので23人の仲居でローテーションを組み、基本的にはチェックインからチェックアウトまで同じ仲居が担当するようにしているの」
「羨ましいわね。私ね、今悩んでいるのがこの問題でね、あなたに愚痴を聞いて欲しくて来てしまったの。ごめんなさいね」
彼女の悩みというのはスタッフの中の「仲居」の問題だった。団体客が入って多数の担当者を必要とすることもあるし、個人客ばかりの日なら少ないスタッフで対応可能なので、彼女のホテルでは派遣会社と契約をしていて正社員ではない仲居が存在していたのである。
「派閥があって正社員との間に溝が出来てしまって困っているのよ。仲居頭やベテランの仲居が派遣の人達に業務を命じたら『契約項目以外の仕事で出来ません』となってどうにもならないし、派遣の人達って労働時間にシビアで残業手当を出すからと言っても否定されてしまうので難儀なのよ」
登紀子は彼女のホテルで臨時の仲居達が勤務しているのは知っていたが、そんな深刻な問題が起きているとは想像もしていなかったことで、先月の観光組合の会合で互いの施設でスタッフの応援交流をと提案されていた背景を再認識したように思った。
「登紀子さんね、派遣の会社にもいろいろあってね、3社と契約しているのだけど、一人の仲居から聞いて驚いたのが派遣会社の取り分の多さで、3割も収めるシステムになっていると聞いてびっくりしたわよ」
彼女の話によると派遣会社に登録している人達の中には仲居の経験者も多く、即戦力があるので有り難い反面、オリジナルなマニュアルに対して抵抗感を抱くことが多く、正社員とどうしても対立してしまう構図があると嘆いていた。
登紀子の旅館の仲居達は全員が正社員で、入社当時から社長と登紀子が徹底して教育をして来ており、それぞれが仕事に対する遣り甲斐や喜びを感じるようになっており、お客様と接する接客の仕事が楽しいという環境が整っていなければ現在のように高評価で知られる旅館に成長出来なかったことだろう。
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