優那が女将をしている旅館は大都市圏から在来線の特急列車で2時間という温泉地にあった。歴史は古く名湯として知られるところからかなり人気が高く、最近は外国人も増えているが若い女性客の姿が目立って多くなり、各ホテルや旅館がそんな人達向けのプランを打ち出しているところも増えた。
そんな温泉地の経営者と女将が参集して観光組合主催で町役場の会議室で会合があった。テーマは伊勢志摩サミットに関することで、来週から今月いっぱいはテロに対する危険性を考慮し、お客様を被害に巻き込まないようにとのお達しだったが、日本全国どこがターゲットにされるか分からないという説明にゾッとした。
この日はそれに続いて暗いニュースがもう一つあった。組合長から説明があって問題提起されたおのだが、湧出している源泉の湯量が減っている現象が出ているそうで、今後は新しくボーリング工事をする場合は行政と組合への届け出義務を決め、各施設がエコに取り組むようにという指導があったからで、過日にボランティアで熊本へ行っていた役所のスタッフが、被災した温泉地で体験して来たことを説明したこともあり、会場には緊張と深刻な空気が流れていた。
今日のニュースに九州地区で地震の影響による宿泊施設のキャンセルが70万件もあったことを知った。風評が拡がってしまっていることもあるだろうが、そんな立場になったら大変であり、少しでも支援につながる行動が出来ればと話し合った。
何時大きな地震がやって来るかは分からないし、お客様の安全を最優先する対応を真剣に考え萎えればならないと帰路の車中で夫と話した優菜だった。
土砂崩れでアクセス道路が不通になってしまうことも考えられるし、水道、ガス、電気などのライフラインのことも気になる問題で、1週間程度の水と食料の備蓄も不可欠なテーマであり、戻ると夫は支配人、副支配人、料理長達と真剣に話し合い、最悪の想定をしておこうということになった。
支配人は飲料水と生活用水の両方の備蓄が必要だと発言したが、そのためにタンクを一つ新設する計画も進められている。
優菜は仲居頭と共にラウンジスタッフ達と話し合い、やがて出て来たことを整理して夫に報告することになったが、備蓄しておかなければならない品目の中に3種類程度のサイズを揃えて下着やソックスという提案をしたら、夫は「やはり女性らしい観点だな」と備蓄に加えるように書き込んでいた。
車で30分ほど離れてはいるが火山の存在もあり、半月前から火山性微動が観測されているという情報もあった。大きな噴火に至ることはないと信じてはいるが、自然という現象は予想も予知も不可能だ。万一に備えておくことしか出来ないが、地元の資料館にある古文書によると、江戸時代の始まりの頃に噴火があり、この温泉地が降灰で大変だったとあるので恐ろしい話である。
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