昼食を済ませてロビーで新聞を読んでいる女将の鶴江のところへ事務所スタッフの新人がやって来て、「いいニュースです」と伝えてくれた。
それは熊本で発生した大きな地震で温泉が出なくなってしまった旅館の話題で、ずっと復興支援の人達向けの対応しか行っていなかったが、被災した部分を徐々に工事を進め、専門業者に新しく温泉のボーリング工事をしていたところ、やっと源泉に辿り着いたということで、来月に地震発生から3ヵ月ぶりに営業することになったそうだ。
調査したところ、温泉が出なくなった原因は地下の断層が動いてパイプを破断してしまったらしく、新しい源泉を探求した行動が実ったようで鶴江も嬉しくなった。
その旅館は阿蘇の内牧温泉「蘇山郷」で、創業者が詩を詠まれて与謝野鉄幹、与謝野晶子夫妻と交流があったところから2人が逗留していた歴史もあるが、樹齢1000年の杉の木1本で造作したという「杉の間」の存在が知られており、今回の地震でもそこには被害が及ばなかったことは幸いだった。
逗留時に詠まれた詩が館内に掲示されているので歴史ファンが訪れているが、復興することが出来たことを喜んでいる人達も多いだろう。
鶴江の旅館が所属している観光組合も、大分や熊本県の温泉地の旅館組合との交流があり、支援のために役員達が訪れていたこともあるが、戻ってから聞いた被害の状況は深刻で、中にはこのまま廃業を余儀なくされたところもあった。
世の中に生まれて流れてしまう風評とは恐ろしいもの。被害もなくずっと営業しているにも拘らず、熊本県内というだけで勝手な思い込みから敬遠され、通常の半分以下のお客様しか訪れなかったケースもあることを知った。
鶴江は社長である夫と何度か研修を兼ねて九州へ出掛けたことがあり、嬉野温泉、小浜温泉、二日市温泉、日奈久温泉、雲仙温泉、平山温泉、山鹿温泉、玉名温泉、植木温泉、内牧温泉、黒川温泉、垂玉温泉、九重温泉、由布院温泉、筋湯温泉、長湯温泉、宝泉寺温泉、別府温泉などに立ち寄ったこともあり、その中でずっと交流のあるホテルや旅館も存在している。
過去、現在、未来という言葉があるが、温泉とは自然の恩恵である。明日や将来のことは分からないが、火山の噴火や大きな地震が発生しないことを願ってしまう。
自然とは本当に不思議なものである。夫と立ち寄った別府の鉄輪温泉の旅館で部屋の庭にあった露天風呂の湯の色の変化が忘れられない。夕方に入ってしばらくすると太陽の光によって変化を始め、それは空気と混じり合う化学反応と相まってまさに幻想の世界を体験したものだった。
不便なアクセスだったが長湯温泉のラムネと呼ばれる炭酸泉も印象に残っている。湯の中に入っていると細かい泡が身体に着いて弾けるのはここだけの特色かもしれない。
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