伊代子が女将をしている旅館の築数も古く、2年後にはリニューアル工事を行う予定をしているが、そんなある日にご利用くださったお客様から意外な問題を指摘されることになった。
ご夫婦のお客様がチェックインされたのは午後4時頃だったが、部屋に案内された後すぐに大浴場でゆっくり過ごされたようで、部屋食の準備に仲居が入った時、「この温泉の湯は優しいね。女性に歓迎される湯だ」とご主人が言われた。
料理を運ぶワゴンから全てをテーブルの上に並べた頃だった。ご主人が思わぬ指摘をされて驚くことになった。
「社長さんか女将さんに伝える必要がある問題でね。ちょっと気になったのだよ」
そういわれると同時に「ちょっと説明が必要だから私がこれまでの体験談を解説しておくけどね、主人は5年前に大病を患ってからずっと杖を手に歩いているのだけど、地面に設置する際の音で異変を感じるみたいで、アーケードのある商店街で2か所、利用している飲食店で3軒の問題を発見しているの」と奥様が説明くださった。
「コン、ポコッなど様々な音を耳にするのだけど、地面の下に空洞が出来ていると高くて乾いた音がするものですぐに分かるのだよ。ここの大浴場に行く廊下で、男性用と女性用に分かれる所があるでしょう、あの手前あたりで変な音がして気になったのだよ」
それはすぐに女将の伊代子に伝えられ、社長の耳にも入ることになり、気になった社長は出入りしている建設会社に電話を入れ、明日の朝に調査して欲しいと依頼した。
大浴場へ行かれるお客様が少なった時間帯、社長と支配人二人の姿が問題の廊下にあった。二人の手にそれぞれ竹の棒を持ち、歩きながら床から反響する音を確認していたようだが
支配人が「社長、やはりおかしいですね。普通じゃないですよ」と心配そうに言った。
それは社長も同じ思いで、明日の検査の結果が待ち遠しいくらいで、無理を言って今夜に調べて貰うべきだったと後悔までしていた。
次の日の朝。早朝に建設会社が来館してくれた。持ち込んできた機材は超音波で地中の状態を調べる特殊な物で、付属品として医師が用いるような聴診器みたいな物まであった。
調査が始まって10分も経たない内だった。「社長やはり空洞が広がっているように思えますし、水の流れる音も確認出来るのです」
その廊下の地面には大浴場から流れる排水管が通っている。それに不具合が発生していることしか考えられず、お客様全員がチェックアウトを済まされたら、毎日恒例になっている日帰り入浴者の利用も中止して掘り起こすことになった。
結果は想像以上の状況だった。鉄のパイプが腐食してそこから排水が流れ出して土壌の部分を流してしまい。びっくりするような空洞が広がっており、廊下の床をさせていた柱の数本も朽ち始めている状態で、よく今日まで床が落ちなかったものだという事実が発見出来た。
建設会社は配管の工事会社に連絡を入れ、両者で緊急工事を進めて昼過ぎに何とか完成したが、ロビーにあるラウンジで「ご苦労様、助かったよ」とお茶を出した時。建設会社の専務が「もしも床が抜けてお客様の落下事故がこれまでなかったことは幸運だったことになるね」と言った言葉は社長と伊代子の言葉で表現出来ない安堵感を与えた。
伊代子はその日の内に指摘をしてくださったお客様にお礼の手紙を書き、調査して対処した経過をしたため、ご夫婦でお越しくださいと特別招待券を同封しておいた。
その話はしばらくスタッフ達の間で話題になったが、誰かが言った「非破壊検査だった出来事みたい」が全てを言い得ているような気がしてならなかった。
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