大晦日の午後にロビー歩いていると、コーナーに置いてあるテレビでジャンボ宝くじの抽選会を放送していた。
一等の当選賞金も随分と高額になってびっくりするが、10億円なら1億円を10人に当たるようにする方がよいのでは考える千夏だった。
宝くじのことで忘れられないお客様がおられたことを思い出す。もう数年前のことだが、桜前線が北上し始めた頃だった。前日に電話予約があってご夫婦で来られたのだが、夕食時にご挨拶に参上した時に「これを見て」と携帯電話に入っている写真を見せられた。
「衝撃でしょう。こんな運命もあるのだと夫婦で嫌になって温泉でも行こうとやって来たのです」
写真には新聞の宝くじの当選発表の記事と一枚の宝くじが写っていたが、それは一等当選と同じ番号で組が違っているというものだった。
当時の一等の賞金は2億円だったが、組が違うだけで10万円になってしまう。ご夫婦は、その10万円の予算で千夏の旅館にやって来られたのである。
残念と言えばそれまでだが、こんな現実もあると驚ろかされたが、何と慰めたらよいか
言葉が見つからなかった千夏だった。
そんな驚きの千夏の表情を見られたご主人が、次のように言われて逆に千夏を慰めてくれた。
「女将さん、随分昔にアメリカで出版された本で話題になったことがありましてね、その本の内容は宝くじの高額当選をされた人達のその後の調査で、9割の人達が不幸な結末を迎えていたのです」
ご主人の話によると幸せになった1割の人達は住宅ローンなど多額な借金を清算出来たからで、それ以外の人達は生活のリズムが激変してしまい、離婚に至ったり、子供の性格が想像もしなかったように悪くなってしまった事実もあり、中には自殺をしてしまった人もあったそうである。
何かの本で読んだことがあるが、宝くじの高額当選金を受け取りに銀行へ行くと、担当者が様々な問題について説明をしてくれ、気を付けるべきことを書いた小冊子までくれるそうだ。
当選したことが表面化してしまうと兄弟や親戚から借金を頼まれることも多いそうだし、ややこしい宗教団体やおかしな組織団体から寄付をしないと罰が当たるなんて強迫されるケースもあるそうで、大半の人達が誰も信じられない疑心暗鬼に陥り、深刻な悩みに発展することもあるみたいだが、すっかり打ち解けた千夏は「そんな悩みなら歓迎したいですわ」と言ったのでご夫婦が爆笑され、奥様が「買わないと当たりませんしね」と如何にも残念そうな表情を見せられた。
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