今日はスタッフが交代で県立病院へ行っている。年に2回の健康診断の日で、女将の舞華も午後から健診することになっていた。
舞華は血液検査を受けるために採血されるのが大嫌いだった。注射針を刺されるのが痛いとかという恐怖心ではなく、血管が細くて出難い体質から看護師さん泣かせになるからで、いつも苦痛のひとときとなっている。
県立病院の採血の窓口は6カ所もあるが、どの看護師さんが担当するかは受付整理番号順で、ベテランの人が担当してくれることを願いながら待合い室のベンチシートに座っていた。
次は舞華の番だが、6カ所の中で終わった窓口に行くことになるが、どうやら若い看護師さんに当たりそうで悪い予感が的中することになった。
「血管が細いですね。それに出難いので困ってしまいますね」と言われたが、そんな言葉を耳にすると余計に血管が隠れてしまうような気がする舞華だった。
数回針を刺されて痛い思いをさせられ、やがてベテランの看護師に担当して貰うことになったが、最初からそうしてくれていたらと思いながら自身の難儀な体質に腹を立てていたことも事実で、先月に入院している女将仲間を見舞いに行った時に点滴をされている姿を目にして「私なら大変、点滴だけはご免だわ」と思っこともあった。
胸のレントゲンも撮影した。もしもスタッフの中から結核を患っていることでも発覚すれば旅館としては最悪で、そんなことだけはないようにと願っている舞華だが、明るい笑顔対応は健康な身体でなければ無理だという持論もあり、スタッフ達の日頃の体調の変化に気を配っていたし、料理長には厨房スタッフや出入りする仲居達の健康チェックに気を配り、絶対に食中毒事件が起きないことを願っていた。
大浴場にも「菌」の問題がある。ニュースで採り上げられることもあるが、地元の保健所の指導も厳しいので担当スタッフが清掃に関して神経を遣っている。
また大浴場で使用されるタオルやバスタオルの清潔にも取り組んでいるし、入浴されてから部屋へ戻られる際のスリッパはタオル地の新品を揃えているので好評である。
脱衣場の洗面に関しても徹底している。櫛やブラシを殺菌しているホテルや旅館が多いが、舞華の旅館では櫛は全て新品を提供している、男性用のT字型の剃刀も使用された方が驚かれるほど高級なものを置いていている。
数年前のことだが、都内で行われた講演会に出席した際に利用したホテルのフロントで、チェックアウトされる男性がスタッフにクレームを訴えていた。その人物の顔にはあちこちに剃刀で切ったような痕跡が見られる。剃刀の質が悪かったのかその人物の肌がデリケートだったかは知らないが、「あんな剃刀を置いているホテルの姿勢は最悪だ。このホテルは二度と利用しない」と立腹されて行かれたが、それは舞華の貴重な教訓となっている。
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