チェックインは午後2時、チェックアウトは11時というのが鶴子が女将をしている旅館の規定。約半年を掛けてリニューアル工事を行って新しくスタートしてから1周間を過ぎた。
大浴場や貸切露天風呂の満足度が高く、新しく設定した高額料金を心配していたが、どうやら杞憂となったみたいで安堵している。
チェックインの早いお客様は午後2時前後に来館されるが、遅い方でも午後5時半頃までに到着されるが。今日は利用された列車が信号の不具合から2時間ほど不通になっていたこともあり、ついさっきの午後6時前に到着されたご夫婦のお客様を担当の仲居が部屋に案内をして今日の予約のお客さんが全員チェックインをされたことになる。
その最後に到着されたお客さんを案内していた仲居が表情を固まらせて足早にフロントへ戻って来た。通常ならテーブルの上にお茶を出して施設内の案内や食事の時間を確認する筈だが、何かトラブルが発生したみたいで鶴子に報告に戻って来たのである。
「女将さんを呼んで欲しいと言われるのです。何でしょうか?と伺っても『あなたでは無理。女将さんに話すから』と仰るので急いで来ました。
こんな場合は何が問題かの確認をしてから報告するように決められているが、難しいお客様のようで仕方なく鶴子が部屋へ参上することにした。
廊下を歩きながら想定される問題を考えてみるが、部屋の掃除に関してはバスルームや洗面所を含めて各部屋の全ての確認を鶴子が行っているので問題ない筈だし、何が起きているのだろうかと恐怖感に包まれながら重い足ながら問題の部屋に向かっていた。
「失礼いたします。当旅館の女将でございます。何か問題がございましたようで」
室内に入ってそう挨拶をしたらご夫婦は座椅子に座られてお茶菓子を食べておられる。祖の菓子は鶴子の友人がやっている和菓子店で特別に依頼しているもので、お帰りのなる時にお土産に買って帰りたいと頼まれることも少なくなかった。
「このお菓子、中々美味しいですね。先に食べてからこんな話を女将さんにするのは申し訳ない思いがするのだけど、家内がどうしても部屋を変えて貰いたいというので仲居さんに女将さんを呼んで欲しいと頼んだのです」
「この人は気にならないのだけど、私は敏感なので耐えられないの。他のお部屋は空いているのかしら?」
問題に気付かれ指摘されたのは奥様の方で、それは禁煙室を予約したのに煙草の香りがするということだった。
リニューアルオープンを機に禁煙室を設定して対応していたが、どうやら前日にご利用のお客様が喫煙をされたらしく、奥様は頑なに「絶対駄目なの」と懇願された。
幸い隣室が空室となっていた。このフロアは全て禁煙となっているのに部屋の中で内緒で喫煙されたらどうしようもない。後で前日担当の仲居から事情を確認することにして、取り敢えず手荷物を持って隣室へ案内。煙草の香りがしないことを確認いただいて問題解決となったが、折角リニューアルして禁煙を設定したのに1周間も経たない内にこんな問題が発生するとは想像もしなかったこと。今後の徹底をスタッフに指導することや、室内に禁煙に関するプリントを掲示する必要があると考えていた。
フロントに戻った鶴子は、問題が生じた部屋を前日に担当していた仲居を呼び確認をしたが、やはり男性が自分で持ち込まれた携帯灰皿で喫煙されていた事実を知り、それなら香りが残らないように徹底して清掃を行う必要があり、テレビのCMで見る消臭剤の対応も不可欠と思った鶴子だった。
「昨日のお客様ですけど、ご夕食の時に揚げ物を持参した際にご主人が喫煙され、奥様が『ここは禁煙ルームよ』と言われたら、ご主人が『「旅行先までうるさく言うなよ』と返されていましたけど、私はこちらは禁煙ですのでお煙草はご遠慮くださいとお願いしましたし、お部屋のお掃除も隅々まで徹底して行いました」
煙草の香りというものは喫煙しない敏感な人には耐え難い問題で、最近のホテルや旅館でも禁煙ルームの設定が多くなっているが、こんなケースは各宿泊施設で深刻な問題となっている。
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