昼過ぎ、朝から電話があった北陸の温泉地の旅館の女将が来館した。久し振りの再会なので楽しみにしていた女将の万里子だが、彼女とは10年前に名古屋で行われた女将研修会で知り合い、それからずっと交友関係にあった。
結婚30周年の旅行に夫婦でイタリアに行って来たそうで、お土産としてワインを持参してくれた。
彼女の温泉地は北陸新幹線の開業で新しく最寄り駅が出来たことから、客室稼働率が2倍になったそうで、週末は3ヵ月先まで予約がいっぱいになっていると嬉しい悲鳴を上げていた。
北陸には「石川の技」「富山の水」「福井の米」というキャッチフレーズで地酒が人気だそうで、彼女が「お勧め」という吟醸酒もプレゼントしてくれたので恐縮した。
彼女の旅館では北陸新幹線が開業する1年前に社内でプロジェクトチームを立ち上げ、お客様に喜ばれる様々な企画を発想したそうで、その中の一つが曹洞宗の本山として知られる永平寺での「参籠体験」で、修行している雲水と同じように午前3時に起床してその一端に触れられるもので、本格的な精進料理も体験出来るそうである。
彼女の旅館が取り組んでいることの中に万里子の旅館でもすぐに始めたいと思ったことがあった。それは予約時に食物アレルギーの有無について申告していただくシステムで、ソバ、牛乳、甲殻類など様々なアレルギー対策が必要なお客様が意外と多いことを知った。
北陸や山陰だからと言って、一方通行的に「カニコース」の料理を提供しても、それが苦手という人もおられるだろうし、選択が可能という考え方も極めて重要なサービスで、料理長が随分前から食物アレルギーに対して学んで対応してくれているが、フロントスタッフ、事務所の予約受付担当スタッフ、部屋係の仲居など全スタッフでもう一度勉強しなければならないテーマを与えられたような気がした。
彼女が持参していたお客様向けの観光案内にも学ぶことが多かった。北陸方面で新しく運転されている観光列車「花嫁のれん」や「ベル・モンターニュ・エ・メール」のことも紹介されており、後者の列車が「べるもんた」の愛称があり、「美しい山と海」をフランス語で表現したものと書かれていたが、そんな列車が存在していることを万里子は初めて知った。
彼女の旅館と万里子の旅館を車で走れば1時間弱だが、万里子の温泉地は北陸新幹線の恩恵は全くないと考えていたが、お客様には次の日に北陸の方へ行かれる方もある筈で、北陸方面観光案内も制作しなければならないと考えさせられた。
自分の旅館で出来ることだけを「おもてなし」と取り組んでいた万里子だが、彼女の来館は多くの「気付き」を与えてくれたので嬉しく、「近々に夫婦でお礼に行くから勉強させてね」と言葉を掛けて最寄り駅まで見送った。
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