数日前にアポがあった人物がやって来る。大手旅行会社の企画室にいる人物で、女将の志津子もこれまでに何度か会ったことがある。
そんな人物が持ち込んで来た企画は志津子の想像もしなかったことである。旅行会社が毎月発行している観光情報誌の中で「ミステリーツアー」を企画、出発の駅に集合して後は一切不明というもので、パンフレットに掲載する写真も外観や旅館名を伏せ、ロビーと大浴場だけ公開するもので、これが結構人気があるというのだからびっくりした。
来月号で募集して2か月後の行程だが、取り敢えず20室ほど押さえておいて欲しいと依頼された。
宿泊料金は少し安く企画されているし、旅行会社への手数料もあって厳しいが、今後の集客ということもあって協力することにした。
そのミステリー企画はこれまでに何度か企画されていることも知ったが、「ご覧ください」と置いて行ったパンフを開いて確認したら、彼の話によるとミステリーと言っても参加されて来るお客様は全員が何処の旅館だということを自分で調べて分かっているそうで、そんな話を初めて聞いて世の中がネット社会になって変化していることを再認識することになった。
そんな中のバスによるミステリーツアーのパンフを見た。「早目の16時頃到着。2日目ゆっくり9時出発」「約17時間滞在」「季節の味わいを夕食に」「お部屋は広々40㎡以上」「女性には色浴衣貸出付き」「信楽焼の露天風呂や檜風呂で名湯をお楽しみ」「なめらかな湯を佳宿でご堪能ください」「おひとり参加歓迎1名1室5000円増し」とあり、大浴場、貸切露天風呂、料理、浴衣貸出コーナー、ベッドルームなどのイメージ写真が掲載されていたが、旅館名やどの方面といような情報は一切なかった。
このミステリー企画の参加者には一人で申し込まれる方が多く、その人達は旅慣れしている事実も知ったが、1人室利用でも5000円程度の追加金しか課されないので了解して欲しいとも言われた。
この旅行会社に登録されている会員の人達は、誰もがすぐにそれがどの地の何処の旅館であるかを調べられるそうでそれも旅の楽しみの一つとなっているそうだ。
志津子は旅行会社の企画パンフに目を通した。その中に「コナン 鳥取ミステリーツアー」という見出しが目に留まり、「三世代で楽しめる」「名探偵コナンのオリジナルストーリーとともに観光を楽しみながら、本格的な推理に挑戦するツアーです」とあり、正解はこの漫画が掲載されている少年サンデーの誌面で発表されるそうだし、テレビアニメでも放送が予定されているそうだ。
世の中が移り変わっている。10年前には想像もしなかったことが次々に企画構築されて提案されている。こんなパンフをお客様がご覧になっていて観光業に従事する女将の自分が知らないなんてと考えると恐ろしい気もする。ちょっと視点を変えて勉強しようと考えた機会ともなった。
そんなことを思い浮かべながらもう一枚のパンフを開けた。そこには「湯ったり露天風呂付客室で過ごすミステリーツアー」というのがあった。「たっぷり16時間以上ご滞在」「目の前に○○湾の海原が広がる露天風呂や足湯などお風呂三昧」「露天風呂付客室を確約」「○○温泉1番の高台に位置するので海を眺めながらのお風呂をひとり占め」とあり、旅のポイントとして次のような項目も並んでいた。
「嬉しい2回の昼食付き 1日目はサーロインすき焼きの昼食。2日目は目でも舌でも楽しめる竹膳の昼食」「観光も充実 名湯や天然記念物、国宝の建造物を訪れます」
果たして志津子の旅館がはどのように紹介されるのだろうかと興味を覚えた日となった。
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