石村が葬儀という仕事に従事して8年となっている。もう中堅社員として誰からも認められており、お客様の担当責任者としても何十回も体験していたが、司会だけは向いていないと言うより苦手な意識が強く、「私はしません」という姿勢を貫いていた。
そんな彼が最も仕事甲斐を感じていたのがお客様にダイレクトに接することで、火葬場への入場時に随行したり、お骨揚げの随行をすることが社内で最も多い立場になっていた。
霊柩車の運転するのも社員だが、その助手席には位牌を手にされた喪主さんが乗車されるので、石村は会社のワゴンで随行するのだが、いつも社長から言われていたことは「ハプニングをハプニングでないように対処することがプロ」という指摘で、霊柩車、ハイヤー、マイクロバスなどが火葬場に向かう途中で事故に巻き込まれたらどうするか考えることも重要と教えられたが、何より自分の運転する車が事故を起こさないように心掛けることだけは集中していた。
そんな石村が、想像もしなかったハプニングに遭遇することになった。その日、あるお客様の担当をしており、葬儀が終わってご出棺した際にワゴンに乗って火葬場に随行したのだが、その事件が起きたのは炉前で導師が読経を始められてすぐに発生した出来事だった。
火葬場は市内の外れから国道を走行し、大きな交差点から県道に入り、坂道を上がり切ったところから脇道に入る山間部にあり、同じ時間帯に入場出来るのは3軒となっていた。
「ご読経中にご焼香を」と案内し、40人ほどの親戚の方々が順に焼香を進めていたが、そんな時に同時間に入場される別の業者のお客さんが到着。お柩が台車の上に載せられたところで随行して来た女性スタッフに火葬場の職員が何か耳打ちをしている光景が目に入った。
女性スタッフはここで何度か会ったことのある人物で、派遣の司会者ということを知っていたが、その彼女の表情が一瞬に固まってしまったと思ったら、そのまま倒れ込んでしまい大変な情景。何が起きたのか不明だったが、間違いなく体調不良か何か予想外のことが起きたようだった。
石村が担当しているお客様達の方も驚かれたようで、導師を務められるお寺さんも何が起きたのかと視線を向けられている。
しばらくすると事情を説明に職員が石村の所へやって来て内緒話のような小さな声で次のように言った。
「実は、大変なことなのです。お隣に入場された業者さんからまだ火葬許可証が届いていないのです。何かの事情で同時持参入場をされたと思って彼女に確認したらびっくりされたようで失神してしまったみたいなのです」
これは大変なことである。この火葬場の規則では前日に火葬許可証を届けるシステムとなっているが、連休などで担当医師が診断書を書くのが遅れる場合や、他府県で亡くなられて死亡診断書の到着が遅れるケースでは事情を説明して了承の上で同時入場ということもあるが、今回は了承を得る電話も確認されていないことが判明した。
こんな場合には台車を納めることは出来ないというのが常識で、それは炉の扉の鍵も掛けることが出来ないことにもなり、台車を囲んで遺族や親戚の方々が右往左往することになってしまう。
石村はこの火葬場の職員達とはプライベートな関係があった。釣りの同好会の交流で5年ほど前から付き合っており、何度か会食を共にしたこともある。この出来事で何とかするには自分しかいないと考えた石村は、耳打ちしてくれた職員を呼び寄せ、規定外の無理を頼む行動に出た。何とか炉に納めて扉に鍵をすれば点火は不可能でもその場は収束出来る。火葬許可証が到着するまでの時間分お骨揚げが遅れることは仕方がないが、取り敢えずそのシナリオを描こうとしたのである。
倒れた女性スタッフが失神から目覚めたようで、職員が準備してくれた椅子に座っている。石村は自身が担当するお客様に声を掛けてから隣で起きたハプニングの解決に行動を始めた。もちろん職員の規則違反という協力がなければ無理なことだが、この場を終息させるにはそれが最適という判断もあった。
柩は石村の機転と職員の協力で納めることとなり、扉の鍵も掛けられた。後は火葬許可証の件について確認することだが、それは正気になった女性スタッフが会社に電話で連絡をして事情が判明した。会社の事務所の白板に役所の封筒のまま貼ってあったそうだ。
その日の夕方、同業者の社長が菓子折りを持参してお礼にやって来た。そこで知ったことは「誰かが済ませているだろうと」という勝手な思い込みの怖さ。お骨揚げが済むと裏面に火葬場の確認印が押されて返却される許可証だが、それと誤ってしまったことが原因だったらしいが、石村の会社の社長は、そんな封筒を目にしたら必ず中身を確認するし、火葬場への届けは誰が何時に行ったかをしつこいくらい確認している。
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