経営者側がお客様に文字で訴えるコピーに興味を抱いている女将の佐奈だが、週に一度は行く近く蕎麦屋さんの下げ札には感じ入っている。高齢夫婦で営まれている古くから存在する店舗だが、しっかりとした関西風の出汁の味が人気で、昼時はいつも満員となっていた。
その店の下げ札だが、入り口に掲げられているもので、営業時間中なら「一生懸命営業中です」とあり、準備中の時間帯には「心を込めて準備中」とあるからだ。
ご夫婦のお人柄がそのまま感じられる言葉だが、近くの夕方からオープンする居酒屋の看板は遊び心そのままで、「5時半からです。まだダメ」と掲示されている。
一般的な飲食店で「準備中」と「営業中」としているのが多いが、中には「支度中」や「仕込み中」というのがあるので面白い。
佐奈がそんなことに興味を抱くきっかけになったのは、ロビーから大浴場に続く長い廊下の途中のコーナーに夜食的な要望に対応するために設けた「夜鳴き蕎麦」のオープンで、大浴場に行かれるお客様が興味を抱かれる言葉はないかということからだった。
開店時間は午後9時から11時までだが、入り口の案内看板には「開店中は優しいチャルメラの音が流れています」とあり、利用しないがどんな音かを確認したいとやって来られるお客様も多く、今では館内の名物的存在となっている。
チャルメラの音は電子音楽の専門家に創作して貰ったオリジナルで、謳っているようにやさしい旋律と音色に特徴があり、ネットの中でも誰かが投稿された動画が存在しており、実際に現場で聞いてみたいと宿泊された方もあるので嬉しい話題である。
夜鳴き蕎麦となっているが、メニューは蕎麦、うどん、ラーメンの選択が可能で、これらは各地から来られるお客様の好みに応えるように考えたものだが、ここで使用されている「レンゲスプーン」は旅館では珍しく陶器製ではないプラスチック製品で、それには理由があった。
佐奈が20年ほど前に北海道旅行をした際に立ち寄ったラーメン店でその「レンゲスプーン」の便利なアイデアに感心したもので、クビレが左右2カ所入っており、丼器に引っ掛けられる利便性がある優れもので、夜鳴き蕎麦をオープンするに際して陶器製を探したが見つからず、仕方なくプラスチック製を用いているのだが、それを初めて見られた方が「これは便利で素晴らしいアイデアだ」と言われることも多く、お土産品のコーナーで販売すると予想もしなかった販売数を記録している。
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