フィクション
玄関でお客様をお迎えしている女将の京香に電話が掛かっているとスタッフに言われ、事務所内で対応している内に2人の女性のお客様が到着され、電話が終わってフロントに出たところで歓迎のご挨拶をした。
お客様名簿にご記入されていた若い方の女性が高齢の方に「お母さん」と呼ばれたので関係が分かったが、2人とも上品な感じで、若い女性の服装のセンスが素晴らしく、フォーマルでない服装なのに何かフォーマルな雰囲気を感じてびっくりした京香だった。
ふと目に留まったのが彼女の身に付けているイヤリングで、これまでに見たことのない色合いと気品を感じる女性として興味深いものだった。
担当の仲居がお部屋に案内し、大浴場でのひとときを過ごされたみたいだが、やがて迎えることになった夕食の時間に部屋に参上、歓迎のご挨拶を申し上げたが、その際につい質問をしてしまったのが気になっていたイヤリングのことで、そんな京香の質問に悪い気もなかったようで、「これですよね」と姿見の所に置かれてあった現物をわざわざ取って見せてくれた。
手にしてまずびっくりしたのが信じられないぐらいの軽さで、何かの金属製だと思っていた京香が驚く表情を見て、彼女が「それですけど、水引細工なのです」と教えてくれた。
「これもそうなの」と見せてくれたのはネックレスで、それも同じ水引細工なので本当に軽いものだった。
「綺麗な色でしょう。3ヵ月程前に母と一緒に北海道を旅行した時、函館の湯の川温泉の旅館の売店で見つけて思わず買ってしまったのだけど、友人達がみんな見せてというのだから珍しいのかもしれないし、買ってよかったと思っています」
そんな彼女の話を耳にして、来月に女将会で北海道研修旅行が行われることもあり、函館にも立ち寄る行程となっているのでその旅館のことを教えて貰うことにした。
「純日本風の旅館でしてね、過去に利用した友人から勧められたこともあって決めたのですが、母も『ここ落ち着いていいね』と喜びましてね」
「そうそう、私は朝食が素晴らしいと思いましたし、出された牛乳が本当に美味しかったことが印象に残っています。それからですね、大浴場から見える庭にリンゴの生っている木がありましてね、それを見て何か幸せな感じがしたのですが、次の日の朝風呂に行ったら入れ替わっていて竹林の浴場だったのですが、私にはあのリンゴのお風呂の方が好みでした」
お母様からそんな感想を伺ったが、旅館の名は「竹葉新葉亭」で、そこの売店に水引細工のイヤリングやネックレスがあると知って絶対に購入したいと思った京香だったが、リンゴの木の大浴場のことを知って自分だけそこに宿泊することが出来ないだろうかとまで思っていた。
女心として誰の目にも留まって「それ見せて」と注目されることは快感でもある。特に身に付けるアクセサリーは何処にでもない珍しい物が好まれるもの。そんなことからするとこの水引細工の装飾品は最高のような気がするし、様々な色やデザインもあると聞いて幾つか購入したいと思い始めていた。
「これね、このスマホの中にお部屋から撮影したリンゴの木があるわよ」と見せてくださった。
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