都心から信州へ向かう中央高速道路の途中に最寄りのインターチェンジがある温泉地だが、佳織が女将をしている旅館もその中にあった。
高速道路の料金所から国道を20分ほど走行し、幹線道路を10分も走ればその温泉地に着くが、20数軒のホテルや旅館が存在しており、昔から美人の湯と呼ばれていることもあって女性客に人気があった。
3日前、温泉組合の会合があった。内容は定期的に行われていることの再確認だが、今回はあるホテルが大規模なリニューアル工事に入る報告があり、そのホテルが新しく取り組むという企画発想が話題になった。
全国のホテルや旅館でも採り入れているケースも増えているが、ついにこの温泉地でもそのサービス発想が始まるのである。
それはペットを同伴可能という企画で、別棟はペット連れ専用のサービスが実施されるそうで、社内で何度も合議を重ねて決断したことを知った。
隠居されている先代社長夫婦は反対されていたそうだ。佳織は昔から交流があるのでお二人の人柄については理解していたが、組合が主催して出掛けた研修旅行で宿泊利用したホテルが、別棟でペット同伴を受け入れており、「わしの目の色が黒い内は絶対に当館ではしない」と仰っていたことを思い出した。
今回の発想を打ち出して決断に至ったのは後継者となる娘婿の方だったが、物事を割り切って分析する性格のようで、「ホスピタリティーよりコスパだ」と発言されて組合員達が驚いたこともあり、「あの人らしい」という声も出ていた。
社長である夫は、当日は学生時代からの友人のお父さんの葬儀で埼玉県に出掛けており、佳織が出席して来たが、葬儀から戻った夫にペット同伴サービスが始まることを伝えると、「ついに登場するか!」と驚いた表情を見せた。
夫は先代女将から「旅館はおもてなしが第一。設定料金が高額でも納得をいただくことが大切で、重視するのは『人』のハートの接遇である」と何十回も聞かされて来た歴史もあり、ペットが喜ぶことはどんなことだろうかという話題で佳織と1時間ほど話し合うことになった。
「ペットが飼い主以外のお客様に噛み付くことはないのだろうか?」「ペット同士で威嚇したり吠え合うことはないのだろうか?」「スタッフの中にペット好きもいれば苦手なケースも考えられる」
そんなテーマも出て来たが、夫は「当館は『人』一筋で進む。これを変えることは絶対にない」と断言し、佳織も同じ考え方だったのでそれから1時間以上話し合って今後のサービスについてもう一度見直すことになった。
ペットを同伴出来るホテルや旅館は全国で2000軒以上登場しているし、ペット同伴OKのレストランも増えているが、ペットを家族の存在のように考えている人も少なくないようである。
そんな話をしながらネットのニュースを観ていたら、函館の温泉に猿達が入浴している写真が掲載されていた。
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