そろそろ早いお客様が来られる頃と思っていたら、町の観光課から電話があった。早急に検討したいことがあるので来週の水曜日と決まっていた定例会議を1週間早く明日に行うというものだった。
女将の朝子は、明日は支配人と一緒に出席する予定だが、今日の昼過ぎに所用があって観光組合に行っていた支配人の話によると、町の活性化という企画が進んでいるそうで、出席者の賛同が得られたら料理長を集めた会合を開きたいそうだと聞いた。
外国から来日される方々が増えているそうだが、知られる観光地には恩恵があっても、都会から離れた山間部に在するこの町の活性化は簡単ではなく、宿泊産業以外の店舗でも高齢化と後継者という問題の表面化が顕著になっていた。
綺麗な水が流れる川を挟んで旅館が並んでいる。温泉街という情緒はあるが、これと言った売り物もなく、それぞれの経営状態は「ジリ貧」という状況に陥っていた。
どうにかしなければいけないことは理解しても、何をどうすればよいのかが分からない。観光組合も町の観光課もずっと悩んで来た問題だが、きっと何かを始めようと提案があるのだろうと期待していた。
定例会議の日、支配人の運転する車で役場へ行ったが、駐車場は各旅館名の入った車が並んでおり、これだけの車が最寄り駅でお客様を迎える日が来ることを願う朝子だった。
そして、その日、公務の中で挨拶だけという町長の義理的挨拶が済むと、組合長が議長になって会議が始まった。
「皆さんもご存じの豆腐屋さんが、今年いっぱいで廃業されることを知りました。朝早くからご夫婦で製造され、この町の恵まれた清らかな水に育まれた大豆を使った豆腐は評判が高く、町以外の人達も買い求めに来られていましたが、廃業とは残念でならず、10日ほど前にご主人と話す機会があったので勿体ないと伝えますと、意外な言葉を聞かされたのです」
その豆腐は別格の味で、朝子の旅館でも朝食時に提供しており、お客様の評判も高かったので廃業という言葉を耳にして驚きながら、「何とかならないの?」という表情で、互いを見つめ合う会場となった。
「実は、ご主人が廃業されるという思いは、遣り甲斐と生き甲斐の欠如が背景にあるようで、存在意義をご理解いただけることになればこれからも継続される可能性があるということでございまして、町を挙げて何とか応援をしたいということが今回の趣旨でして、我々役員で討議した結果、各旅館がそれぞれ統一した豆腐料理を創作し、グルメブームに訴える策を考えた訳でございます」
高齢の組合長は、そこでお茶を飲み、「皆さんのご意見を」と要請した。
豆腐を用いた料理を創作するとなれば支配人が言った料理長の会合の必要性につながるが、果たして集客につながる起爆剤になるのかと考えていたら、出席者の一人が説得力のある発言を始めた。
「今の時代、豆腐でグルメというのは簡単ではありませんが、流行は業者が作るという言葉がありますし、健康というテーマをうまく組み合わせたらやれるかもしれません。何しろ豆腐は畑のステーキだというのもあるのですから」
「そんなこと言われている?」と疑問に思った朝子だが、妙に「健康」と「豆腐」という言葉の組み合わせに興味を抱き、とにかくやってみるべきという意見に賛同することになり、数日以内に料理長の会合を開くことが決まり、それぞれの旅館で話し合ってアイデアを持ち寄って欲しいということで散会したが、その後日に開かれた料理長達の会合で、庫の町に古くからある味噌の名店とのタイアップを含める企画も提案されることになり、町にとってはいよいよ新しい取り組みが進もうとしているこの頃である。
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