康子が女将をしている旅館は都内から特急列車で1時間程のアクセスで、地方から東京へ来られたお客様がご利用されるケースも少なくなかった。
今日のお客様の中に若いご夫婦がおられた。九州に在住されているそうだが、大阪のUSJで過ごされ、深夜便のバスで東京ディズニーランドに行かれ、午後3時頃まで滞在されていたと知った。
そんなことを知ったのは夕食時にご挨拶に参上した時だったが、この旅館を利用することになったのは半年前に奥様のご両親がご利用くださっていたことからで、嬉しいかたちのリピーターさんであった。
「大阪から高速バスなんて大変でしょうね?」と質問したら、最近のバスには飛行機のファーストクラスみたいな設備をしているのもあり、今回に利用されたバスも大型バスなのに定員25名だったと聞いてびっくりした。
都内の観光で知られる「はとバス」にも特別な車両が登場したニュースもあって話題になっていたが、一気に問い合わせが増えて予約が難しい状況になったそう、単なる移動手段ではなく車内で過ごす環境空間を売り物にすることも潮流のようだ。
そんな会話を交わしてから事務所に戻り、奥様の旧姓を伺っていたので半年前にご利用くださったご両親のデーターを調べたら、担当していた部屋係の仲居のことを随分と褒めてくださったことが記録されており、康子もチェックアウトされる時にお見送りしたことを思い出した。
若いご夫婦は博多の繁華街で飲食店を経営されているそうだが、リニューアル工事の最中に夫婦で4泊5日の行程で旅行をされているとのことだった。
次の日は長野の善光寺に参拝されてから北陸の方へ行かれるそうだが、長野と北陸に関する観光情報パンフレットを集めて担当の仲居に届けさせたが、チェックアウト時に感謝のお言葉を頂戴して恐縮した。
また、康子は「ご両親へ」と伝えて荷物にならない小さなお土産品を用意しており、その配慮もびっくりするほど喜んでいただき、ご旅行を終えて戻られてからしばらくすると半年前にご利用くださったお母様からご丁寧にお土産に対するお礼の電話が掛かって来た。
気配りと心配りは日本のおもてなしの文化として重視されて来ているが、さりげなく出来るか出来ないかで相手が感じる思いが随分と異なるのも事実で、定期的に行われている社内会議ではお客様に「品」を感じていただくテーマが毎回話し合われており、そんな中から採用された一つのかわいいアイテムがお客様から嬉しいお言葉を頂戴している。
それは雨の日や天候が悪いと天気予報があった場合に客室の窓側のテーブルの上に置いておくメッセージカードで、「明日のお天気が恵まれますようにとスタッフ一同手を合わせます」と手書きしたカードに手作りのかわいい「テルテル坊主」を添えているものである。
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