昼食を済ませてからスタッフが集まり、その日にやって来られるお客様の情報を伝えられ、部屋担当の仲居も決められることになっている。
女将の真由子も何時も出席しているが、発言することは控えている。夫である社長の存在もあるが、この流れを仕切っている責任者は支配人であり、彼が毎回伝える話には興味深いことが多く。今日も耳を立てて聴いていると知らなかったことを話題に出した。
事務所には救急箱の準備があって、一応の市販薬は揃っているが、胃腸薬や頭痛薬などは問題が発生することもあり出来るだけ避けるように決められているが、サロンパスや湿布薬などの貼り薬やエアーサロンパスはOKとなっている。
支配人が次のように切り出した。
「数日前にテレビを観ていたら初めて知ったことがあった。それは切り傷などに貼るバンドエイドだが、地方によっては『サビオ』や『リバテープ』などの呼称があり、お客様の要望を伺ってもかみ合わないこともあることを知っておいて欲しい」
言われて<そうなんだ!>と思った真由子だったが、スタッフや仲居達も頷くような仕草で真剣な表情で聞いていた。
大浴場の洗面コーナーに「ご自由にお使いください」と表記して三種類の大きさのバンドエイドを置いているが、現物があるので通じるとは思うが、提供する側の勝手な思い込みで進めているとこんな問題も生じるということを学んだ。
真由子の旅館の大浴場の脱衣場は、今春に工事をして鍵付きのロッカータイプに変更した。高齢のお客様が来られることが増え、籐籠タイプで他人の衣服を間違って着用して部屋へ戻られた出来事が数件起き、社長の決断で変更工事に至った流れとなっていた。
「シャンプーやリンスの種類が少ない」「剃刀が低品質だ」「バスタオルが湿っている」なんてクレームがフロントに届いたこともあるが、つくづく旅館というサービス業のグローバルな難しさを認識する。
お客様の中には過去に宿泊利用されたホテルや旅館の素晴らしかったことや至らなかったサービスについて体験談を聞かせくださることもあるが、それらは真由子にとって何より貴重な情報源ともなるが、お帰りなってから当館のことをどのように感じておられるか恐ろしい一面もあることを考えさせられた。
この仕事をしていてリピーターのお客様をお迎え出来ることは嬉しいことだが、ご利用くださったお客様から勧められて来てくださったお客様も嬉しいことで、そこに旅館サービスの存在意義の冥利があるような気がする真由子だった。
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