今日のお客様のチェックインは珍しく早かった。午後4時過ぎにご夫婦のお客様が車で到着されたので全てのお客様をそれぞれのお部屋へ案内し、すでに大浴場に行かれている方もおられる時間帯だった。
そんな時、近くの旅館の女将から電話があり、フロントスタッフから呼ばれて満江が対応すると、「今日、空室ある?」と聞かれ、満室にはなっていないと答えると「今からご案内するからお一人のお客様をお願い」と頼まれた。
団体客の予約を急に受けることになったそうだが、その皺寄せとなってしまったみたいで、満江の旅館に救いを求めて来た事情の背景にはもう一軒の旅館が関わっていた・
「ごめんなさいね」と電話の相手だった女将が来館したが、若い一人の女性を伴っている。彼女が満江の旅館に回された所謂被害者というべきお客様で、互いの旅館の規模や価格もあまり違っていないのが救いだった。
担当の仲居がそのお客様を部屋へ案内して行った。ロビーのソファーに座って聞かされた事情は満江が想像した通り団体客を受けたからだったが、「花江女将から電話があってね、源泉のポンプが故障してどうにもならなくなったので夕方に20数名の団体客をお願いと頼まれてね」という事情を知ったが、そのために一人客に押さえていた部屋を提供しなければならなくなった訳である。
手数料はいらないからと宿泊料金を置いて行ったが、空室が一室減ったことは悪いことではなかった。しかし、突然旅館の変更を頼まれたお客様の心情を考えるときっと複雑な思いを抱いておられることも予想され、取り敢えず満江が部屋に参上して挨拶をすることにした。
「失礼します。当館の女将でございます」と襖を開けて室内に入ったら、若い女性のお客様は意外な話をしてくれた。
「女将さん、私ね、こうした一人旅が趣味でしてね、月に1回は出掛けているのですが、今回のような突然の変更は何度か体験していましてね、一人旅の宿命だと納得しているのです」
満江は驚くと同時に少し気分が楽になった。そこへ部屋係の仲居がサイズの合わなかった浴衣を変更して持参したので改めてお茶をお出しするように命じ、これまでの体験談を拝聴することになったが、それは初めて知ったこともあり、とても新鮮で旅好きの若い女性らしい話題が豊富だった。
「深夜の2時過ぎまで女将さんの愚痴を聞かされた旅館もあったし、次の日に女将さんの運転する車でその地の観光スポットを案内していただいたこともありました」
そんなことを聞くと何か車の用意をしなければならないような気もするが、彼女は明日の朝に合流する友人が車でやって来るそうで、明日は近隣にある温泉地の旅館を予約していると教えてくれた。
何か不思議と気が合いそうな感じで、夕食時は満江が付き添ってお世話を担当することにしたが、もうすぐ30歳を迎えるという彼女は、こんな旅を学生時代からやっていると知り、もう百回を超す体験をしており、仕事が羽田空港のグランドスタッフだと知った。
「明日にやって来る友人も中部空港のグランドスタッフで、ずっと旅仲間なのですけど、今回は有給の調整がうまく進められず、1日遅れて合流することになったのです」
彼女は言葉の文字について面白いことを言った。「有給」とは彼女達の間では「遊休」と考えているそうで、外国語も堪能と言うことから海外にも出掛けているそうで、独身女性達が何か羨ましくなった満江だった。
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