最近は旅慣れしていると言われるお客様も多くなって来ている。そんな中で旅館側が一方通行型みたいに提供する夕食に対する抵抗感も表面化し、中には「我儘ですけど」と頼まれるケースも出て来た。
恒美が女将をしている旅館はお客様の要望に合わせるような自由にメニューが選択可能なシステムもあるが、時にはびっくりするお願いを頼まれることもある。
今日の最後にご挨拶に参上したお客様だが、前日に宿泊していた旅館の夕食時に「是非ともお召し上がりを」と勧められたものがあり、車で来られているご夫婦は少し遠回りをして教えられた県道にある「道の駅」に立ち寄ってその産物を購入して来ていた。
「これなのです」と手提げ袋からビニール袋を出されたのだが、それはこの地の特産物である「茄子」で、オリジナルな味噌で田楽料理にすると最高だと聞いたと言うのである。
「ご無理をお願いするのですが、もしも可能なら旅の思い出に食べてみたいと思いまして。お願い出来ませんでしょうか?」
そう頼まれて「無理です」と断ることも出来ず、<仕方ないか>と思いながら「料理長に頼んで来ます」と部屋を出て厨房へ向かった。
この温泉地を利用するお客様で前日に隣接する県にある温泉地を利用された場合に、そんな特別注文をされることが増えていると料理長の会でも話題になっているそうだが、「特別に美味しい味噌田楽を作りますからお任せを」と快諾してくれてホッとした。
出来上がった2人前分をお盆に乗せてご要望のお客様のいる部屋に参上したら、「わあ、有り難い。旅のいい土産話になる。ブログにも書ける」とバッグの中からデジカメを出して撮影すると、すぐに味噌の味を確認されるように箸を進められ、「これは、本当に最高に美味しいわ」と感嘆の声をくださった。
そこで恒美は料理長が言っていたことを説明した。「何より食材が第一で、この地の茄子は最高ですが、田楽の味噌は当館の秘伝の味で、特別に味わっていただくことにしました」と言うものだが、それを聞いたご夫婦は恐縮しながら、「この茄子を持ち帰っても田楽にするなら味噌が重要だし、我が家の味噌ではこの味は絶対に無理よ」とご主人を納得させていた。
茄子には「長茄子」「中長茄子」「小茄子」と様々な種類があるが、この地の茄子は丸形でどちらかと言えば京都で知られる「賀茂茄子」に似たタイプだった。
「賀茂茄子」は丸茄子の女王と言われ、あちこちの農家が栽培されるようになったが、この地の土壌が茄子栽培に適しているようで県道の「道の駅」でも人気の野菜ととなっていた。
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