女将の叶恵には悩んでいる問題があった。世の中がどんどん発展して便利になっているが、社会の一面に文明の利器に泣かされている人も存在していることを理解して欲しいという思いだった。
携帯電話に録音機能や高性能なカメラ機能が出来て便利だが、それに抵抗感を秘める旅館の女将や仲居達がいることも知って欲しいという問題で、これらがこれからも続くと考えるだけで頭痛の種となる現実に悩んでいたのである。
夕食時に各部屋へご挨拶に参上すると、「記念写真を撮るから一緒に入って」と、床の間をバックに撮影されることもあるが、シャッターを押すように頼まれた部屋係の仲居も女将の心情を知っているだけに複雑な思いを抱いていた。
チェックアウトが済んで玄関までお見送りすると、「記念だから一緒に入って」と旅館名の看板が入る場所で撮影されることも多く、それらがお客様のプライベートなアルバムに残されるなら仕方がないが、「総カメラマン」や「総ブロガー」という言葉を耳にすることもあり、撮影された自分の写真がネットの中にいっぱい掲載されている現実もあるからだ。
女将会のメンバーの一人がそんなケースで大変な問題になった出来事があった。悪意による意図的なフォトレタッチ操作で、玄関で集合写真に入っていた女将の写真が掲載されたブログから写真をコピーし、それを誰もが驚く編集をして公開したもので、あまりにも酷いことから告発する事件に発展していた。
顔だけを取り出して編集すればどうにでもなる訳だが、遠い昔の国家権力者達は、そんな写真をプロパガンダとして活用していた歴史事実もあり、技術進化により「何でもあり」の状況になっている。
ブログに掲載されて旅館の宣伝となることは有り難くて歓迎だが、利用されていない人達が写真を転載して悪質な画像処理をして公開するなど許せることではなく、法的に厳しい罰則を設けるべきだとその後に開かれた女将会でも決議されていた。
IT世界に詳しい人物によると、ネットで掲載している写真や文章は公開した時点で一人歩きを始めてしまい、それこそ「後悔」してもどうもならないと指摘していたが、便利になった社会の裏側でこんな事件が多発していることも理解しておきたいものである。
数日前、女将がロビーで読んでいた新聞に信じられない記事が掲載されていた。若者が勤務先でふざけてあり得ない写真を撮影して公開したという出来事で、問題が表面化して会社や本人が削除するまでに誰かがコピーして広がってしまっており、投稿者が「バカッター」として炎上することになっていた。
こんな問題はコンビニや知られるホテルでも起きていた。また地下鉄の線路上に降りて撮影して学校から大目玉を受けた高校生もいたが、東京の私鉄の駅近くで酔っ払った大人達が線路上でふざけて撮影した写真が問題になり、終電以降だから許されるものではないだろう。
女将の悩みはこれからも続くが、何か名案はないだろうかと社内スタッフ達も討議をしている昨今である。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将の悩み」へのコメントを投稿してください。