結花が女将をしている旅館が建て替えられたのは2年前だったが、それを機に大幅にコンセプトを変更して設計され、山側の部屋と海側の部屋があったのを全て海側のみとして、所謂全室「オーシャンビュー」と変貌したのである。
部屋も広くなったし、部屋数の減少により階数やエレベーターも増え、非常時の避難誘導も随分とアップしたので防災的に環境アップが認められ、指導調査に来た消防署が安全マークを与えてくれたので喜んでいるが、その分の建設費が高額になったところから宿泊料金も前よりも高く設定されていた。
何度もご利用くださっているお客様方には申し訳なく新築オープンに関してご案内状に割引券を同封して対処したが、それをご利用してご来館の皆様から思わなかった温かい言葉や感謝のお言葉を頂戴して恐縮することになった。
割引券には種類があり、過去に3回以上ご利用くださったお客様、2回ご利用のお客様、1回ご利用のお客様とそれぞれ割引金額を変えた企画で、その旨を郵送物の中で説明していたことがご納得に至ったようで、それを発案した支配人の企画が功を奏したことになるので喜ぶ結花だった。
この割引券発想に関してはある問題について調査する必要があった。団体客やご夫婦でのご宿泊なら問題はないが、もしもそうでないお客様に郵送物が届いたら家庭内争議に発展する危険性がある。そんなところから担当した部屋係の仲居、チェックインとチェックアウトを担当したスタッフ、それに女将の判断によって判断されていた記録帳のマークによって対応されていた。
適用欄にご夫婦なら「○」があり、そうでないお客様と判断された時は「❤」マークがあり、はっきりと判断されなかったお客様には「?」が入っていたので「○」印のお客様だけにしていた。
担当の仲居も女将もご夫婦だと思っていたお客様が、チェックアウト時にお土産を買われる時の会話でご夫婦でないことを知って驚いたこともあるが、旅館という世界ではこの問題はデリケートで神経を遣う必要がある。
建物を取り壊して新しい建物を建設するとなると大変な問題が出て来る。休業する間の従業員達の生活保障をどうするかもあるが、オープンする日が決定してからの営業活動が重要で、しっかりとしたスケジュールを組んで取り組む必要性が秘められていた。
結花の旅館は全従業員の休業補償をしていた。またこれを機に退職して転職することも自由にしたこともあったが、誰も転職を考えずに新しい環境の中で一致団結してより以上のサービスを提供しようという姿勢だったことが何より嬉しいことだった。
休業中に何度か研修を行ったこともあった。姉妹館の会議室を借りて行ったものだが、スタッフ教育の専門家を講師に招いた研修会には姉妹館のスタッフも参加していた。
それは有意義なことだった。講義を受けた後に質疑応答の時間も設けられたのだが、そこでスタッフ達から質問された素朴な問題こそが重要な気付きに結び付き、結花も改めて学んだこともあった。
講師から提案された中に考えさせられたテーマが二つあった。一つはチェックイン時にロビーのコーナーでウェルカムドリンクとなる緑茶を振る舞うのだが、その間に担当の仲居がお客様のバッグを客室に運んでおくことは厳禁という指摘で、荷物はお客様と一緒に移動するのが基本だということで、もう一つはお客様がお食事処での夕食中に部屋に入って寝具の準備をする行動で、当たり前のように行われているこの行為が最悪という指摘だった。
勝手に合い鍵で客室に入ることは絶対にするべきでなく、物理的にそうしなければならないのであれば、その旨を書いたプリントで知らせておく配慮が最低条件で、出来たらお客様のおられる時に訪問して寝具準備をするのが望ましいとのことだった。
そんな講師の話を聞きながら、新築している部屋の半数近くに居間と寝室を別にしている設計がよかったと思え、そんな計画を提案した夫である社長の発想に改めて賛同を感じた結花だった。
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