大御所や御三家という言葉は如何にも日本的なものだが、その言葉がイメージさせる世界は独特の響きがあり、様々な業種や世界でその言葉が使われている。
歌手の世界でも知られたが、東京のホテル業界でも随分昔からこの言葉が語り継がれており、「帝国ホテル」「ホテルオークラ」「ホテルニューオオタニ」がその対象となっていたが、その後に新しく開業した「ウェスティン」「フォーシーズンズ」「パークハイヤット」を新御三家と称するようになり、その後に次々に超高級ホテルが開業したところからそんな呼称や冠も変化の流れが出ている。
旅行会社が定期的に発刊している情報誌の中に、「由布院を訪れてみませんか」という企画があり、追加金が必要だが「御三家」も選択が出来るとあった。
人気の温泉地である由布院だが、御三家とは「亀の井別荘」「玉の湯」「無量塔(むらた)」のことで、それぞれ高級旅館として知られる存在であった。
清流の側に30数軒のホテルや旅館が存在している温泉地があった。在来線の特急列車が停車する最寄り駅から路線バスで15分というアクセスだが、遠い昔に高僧が不思議な出来事から湧出する温泉を発見し、それから数百年の時の流れが経過しているという歴史のある温泉地であった。
そんな中に瑞香が女将をしている旅館があるが、長い歴史と格式からその地の御三家の一件として呼ばれていたが、建物の老朽化もあってリニューアルした旅館が設備を整えたところもあり、寂しいことだが瑞香の旅館がそう呼ばれることはなくなってしまった。
瑞香はそれが残念でならず、先代に心から申し訳なく感じているが、木造2階建ての古風な建築物が文化財のように思えても、耐震のことも気掛かりで、近い将来に建て替えをしなければならないという覚悟をしていた。
瑞香の旅館のお客様の大半はリピーターで、かなり高齢の方が多い。設備が古くても来館くださるにはある売り物があるからで、お客様達はそれを目的に遠い所を何度もやって来られる訳である。
それは朝食であった。バイキング形式が潮流の中で部屋食に拘っている瑞香の旅館だが、特に力を入れているのが朝食で、料理人だった先代の弟子として任されている料理長の思い入れも強く、ここでしか味わえない特別な朝食であった。
御飯、お粥、茶粥の選択も可能だし、その全てを味わうことも出来るのもユニークだが、これが日本の旅館の朝食だと高い評価を受けている背景には料理長が吟味した特別な拘りが秘められていた。
味噌汁の味噌や豆腐も特別なものだし、玉子焼きに使用される「卵」も契約養鶏場から入るオリジナルなもの。また海苔も有明産で料理長しか入手不可能な関係があり、お客様の誰もが驚嘆されることになるのである。
また添えられる梅干しが絶品。これは先々代の女将から継承された口伝の秘められ逸品で、如何にも日本人的な多くのファンも存在している。
美味しいものを食することは幸せな思いがするが、瑞香の旅館で朝食を体験した人が揃って「幸せ」と言われるのが瑞香の嬉しいこと。この朝食だけは御三家から外れても「天下一」と胸を張る存在だった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、朝食に拘る」へのコメントを投稿してください。