女将の千賀子がチェックインのお客様を迎えるために玄関前に立っているところへ、白い乗用車が到着。50歳ぐらいの4人連れのお客様が来られた。
車はレンタカーで、スタッフ達がバッグをロビーへ運んでいる時、お一人が車を駐車場へ廻されてから玄関へやって来られたが、「女将さんですよね?」と聞かれて「女将でございます」と答えると、「実は、お願いしたいことがあるのです」と次のように言われた。
「私達4人は学生時代からのお友達で、もう30年以上のお付き合いがあり、年に何度か旅行を楽しんでいるのですが、その中の2人が過去に乳がんを患って大きな手術を受けており、大浴場に入浴する時の専用の入浴着があるそうなのでこの旅館を選んだのですが」
全国のホテルや旅館でこんなお客様に対応しようと生まれた「ピンクリボン運動」があるが、千賀子の旅館も当初から賛同してその一員として活動しており、これまでにもそんなお客様を迎えたことも少なくなかった。
この運動はただ入浴する際の専用着を備えているだけではなく、そうならないように早期発見、早期治療という啓蒙活動も行っており、加盟する宿泊施設も現在では多くなっている。
お部屋のお風呂しか利用出来ないということや、専用貸切露天風呂という手段もあるが、やはり温泉地へ来られたら、それらしい大浴場への入浴は体験されたいもの。ましてやお友達でやって来られたら望まれるのは当たり前のことで、部屋係の仲居に専用の入浴着を持参するように命じておいたが、千賀子の旅館ではこんな場合にはお一人で4着用意することになっており、合計で8着が届けられることになった。
濡れた入浴着を部屋へ持ち帰られ、それを乾かない内に身に付けることには誰にも抵抗感が生まれて当然で、千賀子の旅館では大浴場の脱衣場に専用のボックスを準備してそこへ入れていただくことにしていた。
このサービスを始めたのは交友関係のある旅館の女将から教えられたからで、実際に入浴して体感した研修会は本当に貴重な体験だった。
「有り難う。4着もあって、4回お風呂に入れたわ。また来ます」とお帰りになって実際にリピーターとして来てくださったお客様もあって嬉しかった。
考えてみれば極めて当たり前の発想ということになるが、この当たり前のことが中々実践されていないことも多く、お客様の素朴な質問がヒントになって意識改革することになったケースもあり、ここにも「体感に勝るものなし」という言葉が当て嵌まるだろう。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将も一員として参加」へのコメントを投稿してください。