過日に昔から交友関係のある旅館の先代社長が亡くなり夫婦で会葬にいったが、その女将から電話があり、先代がいつも行っていた喫茶店で「偲ぶ会」が開催されることになり、20名ほど出席するらしいが、中心になるのはパチンコで交友のあった方々で、半数は女性と言うのでびっくりした。
女将夫婦も行かない訳にはということで出席することにしたが、先代の会員カードにあった残高を全て引き出した金額を飲み物代にして貰い、先代が大好きだった山梨産のワインを持参して皆さんと献杯をすることにしたそうだ。
先代とも長い交友があった伊保子夫婦だが、出来たら出席させて欲しいと頼んだら、賑やかなことを好んだ先代が喜ぶと歓迎してくれた。
その日は会場となる喫茶店は定休日だそうで、マスターとも交友関係にあったことからサンドイッチやオードブル料理を準備して協力してくれるそうだし、出席される女性が「炊き込み御飯」「肉じゃが」などそれぞれが得意な物を作って持参してくれることを知り、伊保子も現金で「お供え」を包むより料理長に何かお願いした方が考え、相談の結果「出汁巻き玉子」をいっぱい持参することにした。
夫の車に同乗して会場となる喫茶店に到着したが、店舗内に入ってから驚くことがいっぱいあった。
まずびっくりしたのが「遺影」のことで、それは出席者達が自分の携帯電話で撮影した先代の写ったもので、電話の画面を開けたままの状態で5台も並んでいたからだ。
一般的な遺影写真は着せ替えをしたり余所行きの表情のものが多いが、画面が小さくとも度の写真も先代が楽しそうな表情をされたものばかりで、それだけで晩年を幸せに過ごされたことと想像に至った。
堅苦しい式次第は一切なかったが、後継されている現社長が持参したワインで献杯したが、携帯電話の並ぶテーブルの上にワイングラスが置かれ、出席者を代表してパチンコ店の店長がそそいで備えた。グラスの横にはパチンコ店の女性スタッフから供えられたという可愛いバスケットの花もあったが、義理的な空気が一切ない環境こそが何より素晴らしい「偲ぶ会」の空間を完成させていた。
司会という固い感じではなかったが、立場上ということで会場提供をしているマスターが進行的な発言を行い、まずは先代の友人だった人物が思い出話を語り始めた。
「実は、パチンコに誘ったのは私なのです。奥さんに先立たれてから本当に寂しそうで、私も数年前に妻を亡くしておりますのでよく分かるのです。男というものは本当に弱いものです。見るに見兼ねて気分転換をと誘ったのが始まりで、その後のことはここにおられる皆さんがご存じなので申し上げませんが」
続いて語り出したのは皆さんから「ママ」と呼ばれている小奇麗な女性で、伊保子は隣の席にいた女将から彼女がスナックのママさんだということを教えられた。
「私、バレンタインデーに皆さんから集まったチョコレートを代表してお渡ししました。『みんな義理チョコだな』と言われましたが、その表情は本当に嬉しそうで、喜んでおられたのが印象に残っています」
続いてパチンコ仲間の皆さんから「先生」と呼ばれる人物がびっくりするぐらい説得力のある口調で喋り始めた。
「先代さんと初めてお話したのがこの喫茶店でした。先代さんが『理解出来ない』と悩んでおられたので『何がですか?』と伺ったら、スペックの確立がおかしいと言われたのです。そこでその仕組みについて教えた訳です」
スペックとはパチンコの機種それぞれにセッティングされている確率数値で、「400分の1」や「99分の1」などがあるが、前者はMAX機、後者は「遊パチ」とか「甘デジ」と呼ばれていた。
「先代さんの好まれていた機種は『199分の1』でしたが、『500回転を過ぎてもなぜ当たらないのか不思議で納得出来ない』と仰ったので抽選の確率について説明を申し上げました。
その説明は商店街の福引抽選で使用される「ガラガラ」と呼ばれる機材を例に挙げられたそうで、198個の白い玉が外れ、赤い玉1個だけが当たりとして、白い玉が出て外れた物を元に戻して抽選する状態を理解したみたいで、「そうだったんだ!それなら100回抽選しても当たらないことがあることになる」と止めようと思っていたパチンコを続けるきっかけになったそうだった。
続いて登場したのはパチンコ店の店長で、就任してから1年経った頃に町の居酒屋で偶然に会ったそうで、その時に先代さんから冗談みたいに提案されたこと本社の会議で発言したら社長が「面白い。試験的にやってみようと」なって当店でテストをしたら大好評で、各店舗も工事を始めてこのグループの売り物として注目を浴びているそうだ。
「当店の休憩コーナーの隅に設けた電話専用室は先代さんからご指摘を受けて実現したもので、騒がしい店内で掛かって来た携帯電話で問題なく会話が出来るなんてこんな時代に当然の設備の筈で、二重扉にしたことから消音効果は絶大で、外に飛び出すことがなくなったことからお客様から大好評です」
偲ぶ会で堅苦しい進行ではなく、こんな思い出話を耳にすると故人の生前の知らなかった出来事を知ることになり、意義深い意味があることを学んだ会話が帰路の車中で交わされることになった。
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