スタッフが全員出席する日が月に一度決められている。この日に休日することがないように規定されている。
昼食を済ませるとスタッフ全員で会議を行うことになり、事務所の電話も会議室に転送されるようにしている。
この日にテーマとなったのは「最悪の想定」で、火災が発生した時のお客様の誘導や、大きな地震で被害が及んだ時の対処についても話し合われた。
東北大震災の時に東京ディズニーランドのスタッフ対応が賛辞されたが、それは何度も最悪の事態を考えて対応について決められていたからで、「想定外」という言葉が多かったのにここだけは「想定内」だったと称賛されたのである。
キャラクターグッズを販売している店内担当のスタッフが、ミッキーマウスやドナルドダックの縫いぐるみをお客さんに渡し、「これで頭を守ってください」とアドバイスしたり、土産物を持ち帰る時のビニール袋の角を挟みで切り、それを子供達に被せて防寒対応にしたことも素晴らしいが、帰宅難民となった3万人近い来場者に温めるだけで対応可能な非常食の「焚き込み御飯」が振る舞われたことも知られている。
社長がそんなディズニーランドの話題を説明し、当館もそうあるべきとかなりのペットボトルと非常食の備蓄の用意があると教え、後はスタッフそれぞれの意識の問題であると提案した。
女将の愛子が提案したのはお客様の体調不良が発生した時の対応についてで、その事実を知った時間の記録とすぐに救急車を手配すること。そして到着時間の記録。病院まで随行するスタッフの必要性などについて細かい指導研修が行われた。
急病で危険なことと言えば「脳疾患」と「心疾患」だが、腹部の激痛では時間との勝負ということもあり、素人判断で勝手な思い込みをせず、すぐに救急車の要請をすることを厳命された。
ホテルや旅館は救急車やパトカーがやって来ることを歓迎しないが、お客様の体調に関しては何より優先するべきという姿勢で取り組み、愛子が何事も最悪の想定をしていることをスタッフ全員が知った。
愛子には後悔した体験がある。両親と同居していた時、深夜に父親が腹部に激痛を訴えたが、「本人の救急車まで呼ぶな。大丈夫だから」の言葉に躊躇していたら、それは腹部動脈瘤の破裂で、大変なことになってしまったからであった。
ネットの中にある旅館と病院が問題になっている出来事が紹介されていた。それは宿泊していた夫婦のご主人が夕食後に食中毒らしい兆候で苦しみ出し、奥さんが「救急車を呼んでください」とお願いしたのに、旅館側は食中毒だったら大変と保身を優先させ、タクシーで病院へ搬送。担当した医師まで巻き込んで秘密にする工作をしたという事件だが、これで争っても水掛け論になってしまうが、愛子の考え方からすると理解出来ない対応であり、それも教訓の一つとなっていた。
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