最寄りの在来線の駅には特急列車が止まらず、各駅停車に乗り換える不便を強いられる山間部に里美が女将を務める旅館があった。
最寄り駅から路線バスで30分以上も要する辺鄙な場所だが、乳白色の温泉が人気で、温泉ファンの間では憧れであり、20数件のホテルや旅館のそれぞれが源泉を大切に管理しながら現在まで存続している。
ある日、旅館組合から緊急会議の招集があった。いつもなら町役場の会議室なのに、今回はそうではなく、組合長が社長をしているホテルが会合場所となっており、何かあるとは思いながら里美は支配人と共に出席した。
緊急議題となったのは誰もが驚くことだった。新聞やテレビのニュースでよく採り上げられている「地方創生」で、政府が政策として発表した話題の取り組みで、都道府県が地元の活性化に関して行うことに援助金が出るというものだった。
この温泉地の町が存在している「市」の市長はパフォーマンスが好きみたいで、何か目立つことがあれば何でも登場して来るので地元では歓迎しない人物として評価されていたが、市が町に命じて企画した内容が一方通行で進められており、旅館組合に話が来た時には「それはないだろう」というやりとりになってしまったのである。
プレミアム商品券も物議の対象になっており、市民や各町の反感も想像以上で、「市の方から押し付けられてこうなったのです」と町長は弁解したそうだが、組合長は「こんなことを勝手に決められては困る。おかしい」と決裂して来たそうである。
自治体が独自でクーポン券を発行し、1万円で1万2千円分の買い物が出来る「金券」などを発行しているプレミアム商品券を市の職員が優先的に購入したことが発覚して大きな問題に発展しており、市長が勝手に進めた「5000円」の観光サービス券付きの「1万円クーポン券」の発行は、市内にある温泉や観光地で1万円以上の費用を使えば「5000円」が割引されるというもので、旅館組合も宿泊客がその金券を持参したら協力して欲しいというものだった。
市の考えはそれで集客が期待出来るというものだったが、1泊2食付きで「15000円」の宿泊料を「10000円」に割り引くことになり、こんな重大な提案を旅館組合に相談もなく勝手に進め、すでに金券まで印刷されていると知って出席者が信じられないと憤っていた。
出席者から様々な意見が出た。「これで来られるお客様をリピーターに出来れば」「当館はこの企画に絶対に参加しません」「それぞれの組合員が意見を集約して何か特別な提案が出来ればと考えますが、すでに金券まで準備されているとは信じられない話です」というような内容となったが、組合は一致団結してこの企画に協力しないことを決定し、観光組合のHPにも「旅館組合加盟店は、クーポン券対応は出来ません」と明記することになった。
そんな結論になったことはすぐに町の観光課から町長へ、そして市の担当窓口へ連絡されたが、急遽副市長がやって来ることになった。
さて、この顛末はどうなるのだろうか。
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