名古屋から在来線の特急列車で1時間半ほどの駅が最寄り駅。そこからタクシーで10分という立地にある温泉地だが、中央道のインターも近いことから関東方面から来られるお客様も多く、温泉地としては活気ある方だった。
そんな中で20数室という規模の旅館の女将をしているのが由佳理だったが、東京の旅行会社へ営業に行っている社長である夫から電話があり、最近に人気の日帰りバスツアーの昼食を提供することが決まり、毎週日曜日の午前11時半に到着、食事と入浴を対応して午後1時半に出発されるという2時間滞在契約だった。
様々な特典を設定しているのが日帰りバスツアーの特徴だが、道の駅での試食やお土産なども旅行会社の企画担当者が決めるようで、バス会社や食事を提供するホテルや旅館の予算も10円単位で厳しいそうで、果たして赤字にならないだろうかと心配する予算だった。
コストのダウンは食材の仕入れが大きく、仕入れの全てを担当している料理長と話し合わなければならないが、由佳理はそれについては夫が戻ってから一緒に進めようと考えていた。
参加された方がリピーターとして再来してくださったら有り難いと対応したいが、毎週日曜日のお昼に40名の団体さんを定期的に迎えるということは他の団体さんと重なることは絶対に無理で、時折に受けることもある団体さんとのバッティングがないことを願いたいと思っていた。
「この旅館の食事、素晴らしい」「味付けが素晴らしい」との声聞けるように対応したいし、「大浴場もよかった」と言って貰いたいのだが宿泊のお客様なら前日と翌日と大浴場を変更するので問題ないが、日帰りの場合は2種類をお楽しみという訳には行かないので仕方なく、何かお喜びいただける方法を考えなければとも思っていた。
旅行会社がパンフレットに掲載するお客様の特典に「お食事とご入浴が可能な旅館。でも**が」と表記したいものだが、旅館、女将、スタッフからの歓迎プレゼントにするのか、何か低予算でお喜びいただけるようなものがないかと廊下を歩きながら考える由佳理だった。
過去に他のホテルや旅館が担当していた時、「ソフトドリンクのワンドリンクサービスです」と謳っていたが、それとは別の発想を考えたいと思っており、夫や料理長、また仲居やスタッフ達の意見を聞いてみたいものである。
廊下を歩いていると事務所担当の若い男性スタッフと擦れ違った。女将が何か考え事をしながら歩いているのを察して、立ち止まって「何かお考えになっていることが?」と言葉を掛けて来た。
そこで日帰りバスのお客さんのことを伝えると、低予算で喜んでいただける物がありますよと提案してくれた。
そのアイデアは会食時にお一人ずつ写真を撮影し、その日の日時と会場である旅館名を入れるというもので、バスが出発するまでに完成するから「お任せください。ご安心を。すぐにテストバージョンを製作して来ますから」と自信有り気に事務所のあるロビー側へ向かった。
大浴場のチェックを済ませてフロントに戻ると。「これ、如何ですか。さっき彼女をモデルに伴って大広間で撮影したものを画像処理したものですが」と見せてくれたが。今日の日付。旅館名やバスツアーを企画している旅行会社名まで入っているので完成度が高く、これなら誰もがお喜びくださるだろうと思えた。
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