名古屋から長野方面には「特急 ワイドビューしなの」が運転されている。7時から16時までは毎時「0」分発、17,18,19時台は毎時40分発となっている。
美彌子が女将を務める旅館はこの特急列車の停車駅が最寄り駅。駅から車で約10分というアクセスで、予約されたお客様が「しなの」の何号をご利用になるかをお知らせいただいたら送迎の車で対応するようになっていた。
昨日から夫である社長が、新しく出来上がった旅館のパンフレットを持参して東京の旅行会社を営業の挨拶に出掛けている。東京駅から「しなの」に連絡の便利な「のぞみ」の列車番号を知らせる電話があったので、時間を計算してスタッフを駅まで迎えに行かせた。
お客様がチェックインを済まされ、温泉を楽しまれてやがて暗くなった頃に夕食が始まるが、そんな時間に社長が乗った「しなの」が到着するのでスタッフが車で駅に向かった。
それから20分ほど経った頃、そのスタッフから電話があり、「社長が乗っておられませんでした。一本遅い列車に変更されたのでしょうか。何かご連絡は?」と言われたのだが、社長からの電話もなく、フロントに置かれてある時刻表を開いて確認したが、間違いなくこの時間帯の「しなの」に乗っている筈だった。
社長から電話があったのはそれからすぐだった。「今、名古屋駅へ向かっている」「別の時間の『のぞみ』に変更したの?」と確認したら、ウトウトしてしまって名古屋駅を通り過ごし、次の停車駅である京都駅まで行って戻っているとのことだった。
そうなると「しなの」は2時間後の列車となってしまう。そこでスタッフに電話をして事情を説明して、一度戻って来るように伝えた。
フロントや事務所内にいたスタッフ達が笑っている。「通り過ぎですか」と話題になっている。美彌子は社長らしい出来事だと思ったが、事故でなかってよかったと安堵していた。
それから2本遅れの「しなの」で戻って来た社長だが、そんなことがあるのかという初めて知った体験話を聞かせてくれた。
「うっかりしてしまって寝過ごした訳だが、岐阜羽島駅辺りで車掌さんに起こされて『寝過ごされたようですね』と言われ、自分のミスで名古屋駅と京都駅間の往復の料金を払わなければならないと覚悟していたら、持っていた乗車券に押印してくれて『誤乗証明』という対応をして貰ったお蔭で助かったよ。『しなの』の指定券は無効になったけど、自由席なら利用可能となっているので空いていて助かったよ」
JRのシステムにそんな対応があったことは初耳だが、親切な車掌さんで幸運だったと言えるような気がした美彌子だった。
最近のJRは乗務員に端末情報機器を持たせ、指定席の販売に関してリアルタイムで送信されるところから、検札も少なくなっているし、検札が当たり前だった当時もその時に何処の駅まで利用かというチェックをしており、名古屋駅で降りる筈の社長の席がそのままだったところから岐阜羽島駅の手前で起こした訳である。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、夫の出張事件」へのコメントを投稿してください。