管理人さんのコラムにゴルフの話題があった。北海道のゴルフ場で行われている女子プロのトーナメントで「横峯さくら選手」の記録がとあったが、残念ながら途絶えてしまった結果が判明した。
記録を有している「アニカ・ソレンタム選手」の名前を見て懐かしく感じたが、もう引退されている彼女の現役時代の凄さは強烈だった。滋賀県の瀬田カントリーで行われていたミズノ・クラシックの大会で2003年「24アンダー」、2004年「22アンダー」、2005年「21アンダー」という驚異的なスコアで優勝しており、テレビ中継を観ながら、まるで機械がショットしているような感じだったのを憶えている。
他の選手とレベルが異なるというぐらい別格の強さで、メジャー競技10勝、ツアー72勝という輝かしい歴史があるが、引退されるのが早かったので残念がる人達も多かった。
さて、東海道新幹線が開通してからこの10月で50年を迎えるが、開通当時の最高速度は210キロで東京と新大阪間を「ひかり」4時間、「こだま」5時間で運転されていた。
ダイヤも1時間に1本程度だったので日に60本ぐらいだったが、今年のお盆の時期には臨時列車を入れて1日に426本も運転されるそうで、時間帯によっては山手線並みに3分間隔で東京駅を発車するというダイヤも組まれている。
東北新幹線や山陽新幹線と異なり、カーブの区間が多いところから最高速度の問題があるので現在は270キロとなっているが、15キロアップのためのテスト運転が行われているニュースもあった。
コンピューターによる空気圧制御で車体の傾きを変化させ、乗客の遠心力の不快感を緩和させる方法も進んでいるらしいが、スピードも結構だが、これまでのように事故のない安全運転を続けて欲しいと願っている。
初めて新幹線に乗ったのは青春時代の時で、友人達と東京へ出掛けた際でビュッフェにあった速度計を見ながら「200キロを超えた」とみんなで騒いだことを憶えている。
喫茶店の高齢の常連さんが面白いことを言われた。「人間は、年を重ねると不思議と遠い昔のことを思い出す」と感慨深い口調だったが、それが無性に納得することになり、すぐに相槌を入れて返すことになった。
そんな会話の中に出て来たのが「円タク」で、市内なら何処でも1円というタクシーがあった時代があったそうだ。
私がタクシーで記憶しているのは3輪のタイプで、東南アジアで見られるタイプとは異なっていたような感じだった。
エンジン音からだろうか「バタバタ」という呼称があったし、アクセルもオートバイのようにグリップを回す物やレバーがある車種もあって、方向指示器はワイヤー式で矢印が飛び出すようになっていたことを憶えている。
青春時代のタクシー初乗り料金はダットサンやルノーの小型が70円、クラウン、セドリック、ヒルマンなどが80円だった。
台風が間もなく四国へ上陸するよう。間違いなく大阪にも影響が及ぶようだが、強風恐怖症なので大変である。
今日の写真はエクスプローラーの列車内から撮影したもの。雄大な景色の中に放牧されている羊なども見える。
記録を有している「アニカ・ソレンタム選手」の名前を見て懐かしく感じたが、もう引退されている彼女の現役時代の凄さは強烈だった。滋賀県の瀬田カントリーで行われていたミズノ・クラシックの大会で2003年「24アンダー」、2004年「22アンダー」、2005年「21アンダー」という驚異的なスコアで優勝しており、テレビ中継を観ながら、まるで機械がショットしているような感じだったのを憶えている。
他の選手とレベルが異なるというぐらい別格の強さで、メジャー競技10勝、ツアー72勝という輝かしい歴史があるが、引退されるのが早かったので残念がる人達も多かった。
さて、東海道新幹線が開通してからこの10月で50年を迎えるが、開通当時の最高速度は210キロで東京と新大阪間を「ひかり」4時間、「こだま」5時間で運転されていた。
ダイヤも1時間に1本程度だったので日に60本ぐらいだったが、今年のお盆の時期には臨時列車を入れて1日に426本も運転されるそうで、時間帯によっては山手線並みに3分間隔で東京駅を発車するというダイヤも組まれている。
東北新幹線や山陽新幹線と異なり、カーブの区間が多いところから最高速度の問題があるので現在は270キロとなっているが、15キロアップのためのテスト運転が行われているニュースもあった。
コンピューターによる空気圧制御で車体の傾きを変化させ、乗客の遠心力の不快感を緩和させる方法も進んでいるらしいが、スピードも結構だが、これまでのように事故のない安全運転を続けて欲しいと願っている。
初めて新幹線に乗ったのは青春時代の時で、友人達と東京へ出掛けた際でビュッフェにあった速度計を見ながら「200キロを超えた」とみんなで騒いだことを憶えている。
喫茶店の高齢の常連さんが面白いことを言われた。「人間は、年を重ねると不思議と遠い昔のことを思い出す」と感慨深い口調だったが、それが無性に納得することになり、すぐに相槌を入れて返すことになった。
そんな会話の中に出て来たのが「円タク」で、市内なら何処でも1円というタクシーがあった時代があったそうだ。
私がタクシーで記憶しているのは3輪のタイプで、東南アジアで見られるタイプとは異なっていたような感じだった。
エンジン音からだろうか「バタバタ」という呼称があったし、アクセルもオートバイのようにグリップを回す物やレバーがある車種もあって、方向指示器はワイヤー式で矢印が飛び出すようになっていたことを憶えている。
青春時代のタクシー初乗り料金はダットサンやルノーの小型が70円、クラウン、セドリック、ヒルマンなどが80円だった。
台風が間もなく四国へ上陸するよう。間違いなく大阪にも影響が及ぶようだが、強風恐怖症なので大変である。
今日の写真はエクスプローラーの列車内から撮影したもの。雄大な景色の中に放牧されている羊なども見える。
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