旅館組合の会合に県の観光課の課長と若い職員も来ており、出向して来たというまだ30代の若い職員が「将来のために」と題して20分ほど熱く語ったのだが、その内容にハッとする思いを抱いた女将の絹子だった。
「ご自分の旅館にリピーターが来るように担当するだけではなくて、この温泉地にリピーターとして来ていただける思いで接することが大切です。ご自分のホテルや旅館が隆盛するように務めることも大事ですが、競合する同業のホテルや旅館全体が共に活性しなければ将来はありません。次々に廃業して歯抜けになった温泉地が全国各地にありますが、そうなってから昔の栄華に戻ることは不可能だと考えましょう」
彼の話が終わってから質問をしたのは副組合長で、彼が何処でそんな指摘を出来る勉強をしたのだということだったが、彼は大学時代に興味を抱いた教授のサービス研究にのめりこみ、いつの間にか卒論でもそんなテーマで提出し、教授から高い評価を受けた過去の歴史を語っていた。
彼の話は説得力があり、滑舌もよくて誰もが傾聴してしまう雰囲気があり、たった20分で会議室の環境を一変させるほど充実した内容だった。
そんな空気に観光課の課長が「してやったり」という表情を見せていたが、いつも単なる顔合わせみたいだった会合がこんな空気になったのは初めてのことで、絹子もこの温泉地が何か新しく始まるような気がした。
出席者の誰もがそんな思いを抱いたようで、「県庁へ戻ります」と2人が帰った後もその話題が盛り上がり、社長会も女将会もそれぞれが何か共同で考えようということになった。
それから1ヵ月が経った。幾つか共同で始めることになったことがあるが、その中の一つが県内にあるのに知らなかった地ビールの紹介で、組合と観光課の協賛で全ての宿泊施設に案内パンフを設置し、お客様のご要望があれば提供することになった。
今回の出来事から学んだことは、県内のオリジナルブランドと呼べる食品が意外と多く存在している事実で、その中には夕食や朝食できっと歓迎されると思われる物も少なくなく、料理長の会が創造料理をテーマに研修会を開催することも決まり、その日に検討される創作料理を地元の人達を招待し、味わっていただくことになったが、観光課の働き掛けから当日は地元の新聞社も取材されるそうで、温泉地が熱くなっていた。
会合で触発された絹子は、戻ってからスタッフ達にその話を伝えて意識改革を求め、まずは女将会で特別に交友関係のあるホテルのスタッフ達と合同研修会を行うことになった。
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