今から3年前にご利用くださったお客様がリピーターとして遠い北海道から来られた。その時はご夫婦でのご来館だったが、ご主人が昨年に亡くなられ、一周忌を済ませてご家族で来られており、今回は息子さんご夫婦と二人の幼いお孫さんがご一緒だった。
前回にこの信濃路に来られたのは善光寺に参拝されるのが目的で、死ぬまでに行きたいというご主人の要望からだったと伺ったことを女将の伊都子は記憶しており、そのことを話すと大層喜ばれて何よりの慰めとなったようだった。
知人のお通夜に参列した際の法話で、悲しみを癒すには生前の思い出話が最高の薬と言われたことを思い出し、3年前に館内で過ごされたご主人のお姿を思い出して奥様にお伝えしていた。
厨房に立ち寄ると料理長が各部屋のお客様用の料理を準備していたが、壁の白板に一枚のプリントが貼られ、3年前にご主人に出されたメニューが事務所の記録データーからプリントアウトされていることを知ったが、「陰膳」的に準備し、「お供養です」と持参する配慮だが、お供えしたものをご家族で召し上がられることも大切である。
こんなチームワークがうまく進んでいることに嬉しく思った伊都子だったが、そのプリントを和紙にコピーして貰い、周囲に装飾をして記念にお持ち帰りいただくことにして準備、食事の時にメニューについても話したが、チェックアウトの時にその記念創作品をプレゼントするとびっくりするほど喜ばれ、息子さんが「母を連れてまた来ますからよろしく」と感謝の言葉をくださって最寄り駅に向かう送迎バスに乗車されたが、後部から可愛い二人のお孫さんが手を振っていたので国道を左折するまで見送っていた。
旅館業界は厳しい時代を迎えている。2000年から11年間で約3割も激減したという事実があり、何処も生き残りをかけて様々なオリジナルなサービス発想をしているが、スタッフ全員がお客様をお迎えしようとするチームワークが重要で、夫である社長は常々からその教育をしていた。
この温泉地で廃業する旅館の噂が流れている。築年数が古くて耐震問題からリニューアルする必要があるが、血縁の後継者がいないので廃業してしまうのではと言われていた。
昨年の春にも別の旅館が廃業に至ったが、全国で格安の料金で提供するグループが買収してそこそこお客様があるようだ。
伊都子が若女将の時代にお客様のアンケートを実施。点数を書き込んでいただくものだったが、「98点」や「97点」というアンケート結果を観た先代女将が「10店ではないということはお客様がご満足に至っていないということを理解しなさいと指摘され、その日からアンケートの中で点数を書き込む欄が削除された歴史もあるが、今日のお客様をお見送りした後に今は亡き先代女将のことを懐かしく思い出した伊都子だった。
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