夏休みに入ってすぐのお客様だった。高齢のご夫婦が小学生と幼稚園に通うくらいの2人のお孫さんを伴われてご利用くださった。
祖父母と孫の4人旅ということだったが、子供達のご両親が昨秋に来られたこともあり、予約電話の際にその時のことを話され、「よろしくお願いします」と託されていた。
女将の充子が5階からエレベーターに乗ると、4階からお爺ちゃんとお孫さんの男の子が乗られ、大浴場に行かれるようで着替えと部屋にセットしてあるタオルを持っておられた。
お2人の会話が充子の耳に入って来る。「それじゃあ、お風呂を上がってから勝負だね」と男の子が発言、お爺ちゃんは充子に「ゲームコーナーありますよね?」と質問。「申し訳ございません。残念ですが当館にはございません」と答えると、お爺ちゃんが何とも言えない寂しそうな表情された。
やがて1階に到着してお2人は大浴場に続く廊下を行かれたが、充子はお孫さんを遊ばせようと考えていてお爺ちゃんの当てが外れたのだと考えていた。
3年前頃まで大浴場に隣接する場所にゲームコーナーがあったが、子供連れのお客様が少ないので撤去。そこを女性向けのエステルームにしていた。
それから数日後、充子はこの旅館に嫁いで来た頃からお世話になっている美容室に行った。川沿いの県道を下ってすぐにある橋の側にあるが、この温泉地の女将や仲居達が利用しておりいつでも知り合いの人物と顔を合わせる場所でもあった。
ドライヤーをしている時にスタッフが雑誌を持って来てくれた。ページを開いて5分も経たない内に初めて知ることになった話題が記事になっており、あの時のお爺ちゃんの寂しげで残念そうな表情の意味を知ったような気がした。
テレビゲームやスマホの時代に高齢者がゲームセンターに通って楽しんでいることを写真入りで特集していたものだが、そこに「練習して孫に勝ちたいからね」とあったからだ。
「ゲーセン」という言葉を耳にしたことがあるが、時間つぶしや暇つぶしを目的に高齢者が利用していると思っていたら、そこには孫とのコミュニケーションのツールという背景があったのである。
旅館に戻った充子がフロントにいたスタッフ達に聞いてみると、UFOキャッチャーやクレーンゲームの人気が高いことを知り、大浴場に続く廊下の待合コーナーにでも置こうかと夫である社長に相談することにした。
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