真知子は47歳。先代女将が亡くなってから若女将と呼ばれていたのが女将になってもう4年目を迎えた。
古くから名湯として知られる温泉地だが、20数件のホテルや旅館の女将で「女将会」を結成し、月に1回の会合と年1回の研修旅行を行っている。
数日前に出席した女将会で気になる問題が出ていた。それはネット社会になってややこしい紹介ビジネスが増えた現実。ネットで大きな組織に見せているだけで実態は事務所もなくて電話一本だけで営業しているというもの。
全国各地のホテルや旅館と提携しているように表記しているが、実際は客の申し込みがあってから「紹介手数料は何パーセントくれますか?」と電話で交渉して来るそうで、無碍に断ったらネットの口コミ掲示板に悪評が書き込まれ、それをネタに強迫するような電話を掛けて来たというのだから悪質である。
すぐに観光協会から行政を通じて消費者庁へ報告したが、同じような事案が十数件寄せられているとのことだった。
幸いにして真知子の旅館にはそんな電話が掛かっていないが、事務所の予約担当者に伝達しておかなければならない問題で、戻ってからすぐにスタッフ達に話しておいた。
遠い昔、この温泉地につながる幹線道路にあった宿泊紹介所が問題になったことがあった。そこはもう1カ所存在している近くの温泉地と競合するために観光協会が運営していたものだが、担当者が裏取引をしていたことが発覚して解雇されることになり、それを機に閉鎖したという歴史も伝えられている。
大手の旅行会社がネットによる紹介ビジネスも増えた。ホテルや旅館のHPを開くと大半が公式ページと表記し、直接予約の場合は「5%割引」「ソフトドリンクサービス」「館内金券お一人様500円」などの特典を謳っている。
一般的な契約手数料は10%が多いが、それでも1泊2食でご夫婦の利用となれば5万円なら「5000円」の金額となる。だから前述のような割引を打ち出しても問題はないのだが、ホテルや旅館の立場の本音としたら紹介の送客は歓迎したくないが、何処かのホテルや旅館が占有契約すればと考えるところから下請化してしまい、自分達で首を絞める現実を迎えている。
真知子は、あるお客様からチェックアウトの時にクレームを受けた苦い体験があった。そのお客様は「ネットを見ながら電話をしているのですが」と予約くださったのだが、HPに表記している割引を適用することを対応しなかったことからクレームに発展したのだが、完全に真知子側のミスで平身低頭謝罪し、同じミスをしないようにスタッフ達と研修し、そんな予約のお客様にはチェックイン時に「HPからご予約くださって有り難うございます」と言葉を掛け、定められた以上の特典をお知らせして歓迎するようにしている。
これは、所謂マンネリの中にあった落とし穴の問題だった。ネット専用の予約システムばかり考えていたが、それを使わずに見ながら電話予約をされるケースもある訳で、気付かせていただくことになったそのお客様には後日に改めて謝罪と感謝の手紙を差し上げていた。
そうそう、女将会で申し合わせみたいな決議があった。ネットの中に1泊2食で数百円と謳っている組織があるが、そことは絶対に契約しないようにというものだった。
その世界で詳しいコンサルタントが来て解説してくれたが、ホテルや旅館の宣伝をネットでするから年に1組だけ無料客を受けるシステムで。広告宣伝費という形式でビジネス展開しているものだった。
ネット社会なると次々に新しいビジネスが介入して来る。どれを考えてもホテルや旅館側のプラスになることはなく、マイナスばかりなので腹立たしくなって来る。女将会でもそんな声が強かった。
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