50歳を過ぎてから体調が芳しくなく、あちこちの医院、眼科、歯科、整骨院、病院、クリニックなどに行っていたら、診察券が10枚を数えるようになってスタッフから笑われる女将の矩子だったが、「どこも異常ありませんよ」と言われて気付いた病名が「更年期障害」で、女将会に同じような症状を抱いている仲間が2人いた。
1人がそのことを指摘されたのは神経科のクリニックで診察を受けたことからで、「そうだったのか」と納得したらしばらくしたら随分と改善したと体験談を話してくれた。
毎日決まったことばかり繰り返していると自分自身がマンネリ化してしまうような気がする。来館されるお客様が毎日異なるのだから新鮮である筈なのに、こんな状態になってしまうなんてと思うとどんどん悪化するのがこの生涯で、女性特有の病気とも言われているが、こんな症状を一切体験されなかったという人もいるのだから信じられない矩子だった。
無気力になって夫の机の上にあった一冊の本を開けると、フランスのノーベル賞作家の言葉が掲載されてあり、次のように書かれてあった。
「平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが非凡である」
矩子はその言葉を読んでふと「そうなのだ!」と考えさせられることになったが、しばらくリフレッシュするのも大切ではと、夫に相談して一人でのんびりと気分転換を目的として旅行に出掛けてみようと思った。
そんな相談をすると、夫は矩子の「心の風邪ひき」みたいな症状に気付いていたみたいで、即座に賛成して深い交流のある旅行会社の担当者に電話を掛けてくれた。
次の日に企画のパンフレットをいっぱい持参して担当者が来館してくれ、矩子とラウンジでお茶を飲みながら相談することになったが、何か興味を抱いたのが南国の美しい海の光景で、素晴らしい夕景の写真を見ながら「ここへ行ってみたい」と独り言みたいに伝えた。
そこはタヒチの島で、日本から飛行機で11時間以上も要する太平洋上の島で、この島からモアイで知られる島への直行便も出ていると担当者が教えてくれた。
矩子は「タヒチだけでよい」と伝え、彼は帰社してからすぐに手配しますからというので部屋に置かれていたパスポートを探して持って来たら、「航空会社やホテルの予約に必要ですから」と言って番号を控えて帰って行った。
2日後、事務所スタッフから「女将さん、素晴らしい所へ行かれるのですね」と言われ、予約に関する全てが完了したそうで、「Eチケット」がメールで届いていた。
搭乗する航空会社は「タヒチ・ヌイ航空」で、成田空港から直行便で飛ぶことを知り、中部国際空港から成田までの乗り継ぎ便も予約が完了していた。
出発は10日後だが、何かそれだけで気が晴れるような気がした矩子だった。
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