60歳を過ぎてから3回入院している。同じ病気で絶食を強いられるので大変だが、ちょっと横着をしたら再発する爆弾みたいなので要注意である。
この病気になったのは2013年の夏のこと。梅雨の時期にハワイへ行って食べ過ぎたこともあるが、帰国してからずっと知人や友人が来阪することが続き、好物の天ぷらと野菜の串カツを1週間ぐらい食べ続け、生ビールの中ジョッキを1杯だけ飲んで付き合っていたら、ある日の夜中に救急車を呼ぼうかというぐらいに左の肩甲骨付近に激痛を感じたのだが、朝になったら何もなかったように痛みが消えていた。
それから3日後のこと、寝返りも出来ないほど「ぎっくり腰」みたいな状態が就寝する時に表れ、3日間続いた。
ある日、お好み焼き店で生ビールを飲んでいる時に腹部に鈍痛を感じる症状があり、それが2日ほど続き、気になりながらお通夜に行く前にお世話になっている医院へ行ったら「これは?」と医師が腹部を抑えて痛みの有無をチェックされた。
そこで意外なことを知ることになった。押さえた時より離す時の方が痛みを強く感じるからで、その症状から腹部で炎症が起きていることが考えられ、紹介状を貰って大規模病院の救急外来で診察を受けた。
血液検査とCT撮影の結果を伝えに来た若い美人医師から「入院です」と言われてショックを受けたが、何の用意もせずに入院することになり、点滴ばかりで6日間の絶食を強いられ、9日間の入院で退院となった。
退院当日、病室に来られた主治医から渡された書類の中に「退院証明書」というのが入っていたが、その文中に「寛解」という言葉があり気になって帰宅、辞書を繙いてもその言葉が見つからず、ネットで打ち込んでみたらヒットし、それが医学用語であることを知った。分かり易く説明すると「完全に治っているとも言えないし、治っていないとも言えないので定期的にチェックをして様子を見る」というようなことだった。
その時に序に病気のことも調べていたら再発することはなかったのに、簡単に考えていたことから後悔することになったのだが、その原因には3者の医師の言葉のニュアンスが異なっていたこともあった。
「栄養士さんに食事管理をして貰わなければならない病気です」
「アルコールと油物だけは避けた食生活を」
「アルコールと油物も少しぐらいなら」
患者というものはこんな時に最悪の選択はしないもので、痛みも消えているところから3番目の言葉を信じることになってしまった。
しかし、しばらくは避けた方がよいと思って行動したことは事実で、11月の北海道旅行までは天ぷら、串カツ、アルコールは一切避けた食生活を務め、何の問題もなく11月中旬を迎えた。
苫小牧、洞爺、函館、八戸、気仙沼と5泊の旅だったが、帰路は全行程をJR利用だったのも疲れたのだろうが、旅館の夕食で食前酒を飲んだことも悪かったみたいで、帰阪してからしばらくすると夏に体験した同じ症状が出て来た。
それを感じたのが土曜日ということも悪かったみたいで、月曜日まで痛い思いをしながら我慢したことから悪化してしまい、11日間絶食で20日間の入院を余儀なくされてしまった。
3回目は昨年の10月だった。夕食を外食した際に服用するべき薬を飲むことを忘れてしまい、帰宅してから飲んだら間に合わなかったみたいで、その夜に痛みを感じ始め、次の日に医院へ行ったらそのまま紹介状を貰って前の病院へ入院。兆候を感じた時から絶食していたことが幸いしたみたいで、3日間の絶食で6日間の入院で済んだ。
病名を打ち明けると「膵炎」だが、入り口と出口に小さな「石」の存在があることが判明しており、まだ手術するまでもないと言われているので心配ないが、退院時に指定されていた3月13日に採血と造影剤CT検査を受けて来た。
この稿を書いたのは、ご笑覧くださる方が同じような症状を感じられたらすぐに医療機関へ行かれることを知っていただきたいことと、この病気について情報がいっぱいある掲示板の存在があることを紹介したいからで、何かの参考になれば幸いである。ご興味があれば「膵炎 掲示板」でヒットしますのでどうぞ。
結びにCT検査の注意点について3月13日の「独り言」で書いておいたので、ご興味があればどうぞ。
今日の写真は何度か「MRI」検査を受けたことのあるNTT病院を。
この病気になったのは2013年の夏のこと。梅雨の時期にハワイへ行って食べ過ぎたこともあるが、帰国してからずっと知人や友人が来阪することが続き、好物の天ぷらと野菜の串カツを1週間ぐらい食べ続け、生ビールの中ジョッキを1杯だけ飲んで付き合っていたら、ある日の夜中に救急車を呼ぼうかというぐらいに左の肩甲骨付近に激痛を感じたのだが、朝になったら何もなかったように痛みが消えていた。
それから3日後のこと、寝返りも出来ないほど「ぎっくり腰」みたいな状態が就寝する時に表れ、3日間続いた。
ある日、お好み焼き店で生ビールを飲んでいる時に腹部に鈍痛を感じる症状があり、それが2日ほど続き、気になりながらお通夜に行く前にお世話になっている医院へ行ったら「これは?」と医師が腹部を抑えて痛みの有無をチェックされた。
そこで意外なことを知ることになった。押さえた時より離す時の方が痛みを強く感じるからで、その症状から腹部で炎症が起きていることが考えられ、紹介状を貰って大規模病院の救急外来で診察を受けた。
血液検査とCT撮影の結果を伝えに来た若い美人医師から「入院です」と言われてショックを受けたが、何の用意もせずに入院することになり、点滴ばかりで6日間の絶食を強いられ、9日間の入院で退院となった。
退院当日、病室に来られた主治医から渡された書類の中に「退院証明書」というのが入っていたが、その文中に「寛解」という言葉があり気になって帰宅、辞書を繙いてもその言葉が見つからず、ネットで打ち込んでみたらヒットし、それが医学用語であることを知った。分かり易く説明すると「完全に治っているとも言えないし、治っていないとも言えないので定期的にチェックをして様子を見る」というようなことだった。
その時に序に病気のことも調べていたら再発することはなかったのに、簡単に考えていたことから後悔することになったのだが、その原因には3者の医師の言葉のニュアンスが異なっていたこともあった。
「栄養士さんに食事管理をして貰わなければならない病気です」
「アルコールと油物だけは避けた食生活を」
「アルコールと油物も少しぐらいなら」
患者というものはこんな時に最悪の選択はしないもので、痛みも消えているところから3番目の言葉を信じることになってしまった。
しかし、しばらくは避けた方がよいと思って行動したことは事実で、11月の北海道旅行までは天ぷら、串カツ、アルコールは一切避けた食生活を務め、何の問題もなく11月中旬を迎えた。
苫小牧、洞爺、函館、八戸、気仙沼と5泊の旅だったが、帰路は全行程をJR利用だったのも疲れたのだろうが、旅館の夕食で食前酒を飲んだことも悪かったみたいで、帰阪してからしばらくすると夏に体験した同じ症状が出て来た。
それを感じたのが土曜日ということも悪かったみたいで、月曜日まで痛い思いをしながら我慢したことから悪化してしまい、11日間絶食で20日間の入院を余儀なくされてしまった。
3回目は昨年の10月だった。夕食を外食した際に服用するべき薬を飲むことを忘れてしまい、帰宅してから飲んだら間に合わなかったみたいで、その夜に痛みを感じ始め、次の日に医院へ行ったらそのまま紹介状を貰って前の病院へ入院。兆候を感じた時から絶食していたことが幸いしたみたいで、3日間の絶食で6日間の入院で済んだ。
病名を打ち明けると「膵炎」だが、入り口と出口に小さな「石」の存在があることが判明しており、まだ手術するまでもないと言われているので心配ないが、退院時に指定されていた3月13日に採血と造影剤CT検査を受けて来た。
この稿を書いたのは、ご笑覧くださる方が同じような症状を感じられたらすぐに医療機関へ行かれることを知っていただきたいことと、この病気について情報がいっぱいある掲示板の存在があることを紹介したいからで、何かの参考になれば幸いである。ご興味があれば「膵炎 掲示板」でヒットしますのでどうぞ。
結びにCT検査の注意点について3月13日の「独り言」で書いておいたので、ご興味があればどうぞ。
今日の写真は何度か「MRI」検査を受けたことのあるNTT病院を。
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