由佳理が女将をしている旅館の歴史は古く、社長をしている夫が7代目になっている。百合香がこの旅館に嫁いだ時、まだ先代社長が存命しており、何度か耳にした話が5代目を後継する予定だった人物が終戦前に特攻隊の一員として戦死したという壮絶な事実で、夫も先代に連れられて鹿児島県の知覧にある資料館を訪れていたことがあると聞いていた。
資料館で戦死した身内に関する情報は発見出来なかったそうだが、夫が熱く語ってくれた逸話が印象に残っている。それは、知覧の地元にあった食堂が特攻隊員に対する温かいもてなしをしていた事実で、当時に「富屋食堂」と呼ばれていた店舗は、やがて帝国陸軍の指定食堂になり、その後に改装した際に富屋旅館として現在まで存続しているが、特攻隊員達に特別な存在として慕われたのが当時の女将であった「鳥濱トメさん」で、今でも戦死した人達にゆかりある人達が訪れて宿泊に利用されているそうである。
そんな事実を知っている由佳理は、ずっと訪れてみたいと思っていたが、近々に夫と2人で鹿児島を旅することにした。
鹿児島空港に飛んで「霧島」「知覧」「指宿」と3泊の行程だが、九州新幹線も初めてなので帰路は博多まで利用し、福岡空港から戻る予約を入れていた。
霧島では夫が過去に利用してびっくりしたという広い大浴場のあるホテルで、プールみたいな中央部の周囲に様々な個性あふれる温泉設備が並んでおり、それは霧島ならではのものということだった。
由佳理の楽しみにしていることがもう一つあった。写真や映像で何度も目にしているので知っているが、実際に体験するのが初めてという「砂蒸し風呂」で、過去にご来館くださったお客様の体験談のことを思い出し、そのホテルを利用することにしていた。
女将という仕事をしている中で宿泊客として体感をすることも重要なことで、サービスをする側とされる側の両者から客観的に見つめることが出来る貴重なひとときとなり、これまでにも夫婦で何度か出掛けており、そんな中で学ぶことになったサービス発想を採り入れて具現化していることも少なくない。
館内施設、大浴場、客室、朝食会場、料理、スタッフの接客対応など様々な気付きがあるのが旅の楽しみだが、夫はいつも利用客に徹してゆっくりと寛ごうと提案している。
自分達が予約を入れたホテルや旅館のHPを開いて確認したり、口コミサイトで知る情報もあるが、自分の旅館もお客様からこんな対応が行われていると思うとHPの内容も真剣に考えなければならないような気がした。
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