温泉街のホテルや旅館の玄関は全て県道から少し入った町道に面していたが、裏側には美しい渓流が流れていて渓流釣りの人達に知られる絶好ポイントだった。
川を管理する地元の組合、観光組合と話し合った旅館組合は、宿泊客の遊漁券の割引を交渉して釣り人達に喜ばれているが、大半のホテルや旅館が釣果のヤマメやアマゴを調理して夕食に出すことが行われており、天候が悪かったり、雨で流れが早くなって釣果が出なかった場合は川の管理組合から入手する方法を進めていた。
川の管理組合は上流で流れを引き込んで養殖場を造って管理しており、シーズン前には放流しているので旅館組合の全員が遊漁券の価格にも納得しており、利用されたお客様にもその事情を伝えるようにしている。
ヤマメはサケ科に属する魚の内、海に行かずに生涯を川で過ごすと言われ、アマゴと似通っているので区別出来る人は少ないようだ。
鮎はもう少し下流に行った清流まで遡上するが、水温の関係からかこの温泉街まではやって来ず、ヤマメとアマゴばかりだが、もう少し山の方へ上がるとイワナも釣れると言われている。
ある日のこと、佳香(よしか)が女将をしている旅館に4人の男性のお客様が宿泊された。夜明け前に都心を車で出発され、上流でイワナを狙ったが釣果がなく、昼過ぎにアマゴかヤマメを釣ろうと温泉街の共同駐車場までやって来たそうだが、誰も1匹も釣れず皆さんが「明日は釣るぞ」とやけ酒を飲まれていると部屋係の仲居から報告があった。
「失礼します。当館の女将でございます」とご挨拶に行ったが、釣り目的のお客様には釣りに関する情報も喜ばれることから、副支配人が管理組合から入手している毎日の情報を渓流の地図と共に説明するようにしていた。
「これだったら、泊まってから釣りに行くべきだったなあ。しかし12匹も釣った人物がいるとはびっくりで、明日が楽しみだなあ」
そんな会話に発展するのだが、釣りのお客様は朝の出発が早いので朝食の時間も早くしているし、ご要望があればお昼のお弁当の用意も担当しているが、大半の方々からご注文をされている。
渓流釣りに凝っている人物が当館にいる。それは料理長で、お客様とロビーで釣り談義をする光景も珍しくなく、自身の釣り技術が長けていると自負しているが、実際にいつも釣果を持ち帰るのだから説得力もあり、それが目的でリピーターになったお客様も多い。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、釣りの客様に」へのコメントを投稿してください。