水原は入社してから憧れていた世界があった。それはマイクを手に司会を担当することで、お通夜や葬儀の司会を担当する女性司会者が羨ましく、カセットテープで録音したものを自宅へ持ち帰り、何度も声を出して復唱し、全てを暗記したぐらい練習していた。
時折に社内で司会の研修会が行われるが、本番を担当する前に社長の確認を経て合格しなければ担当出来なかった。
運転免許証を取得すると車の運転をやりたくなるのと同じで、司会台の上に置かれているマイクを目にすると喋ってみたくなり、誰もいない式場で音響を切った状態でマイクを手にして喋る練習もしていた。
社内の研修会で学んだことに宗教による「死」に対する考え方の相違で、それを理解しない内に司会を担当するなんて絶対に許されることではなかった。
入社してから社長から言われたことにノートを用意して勉強することがあった。「宗教」「サービス」「司会」などそれぞれに体験したこと、学んだことを記し、それを整理して纏めたものを別のノートに書き写すというもので、少なくともそれぞれが最終ページに至るまでは幼稚園生だと思えという厳しい規定が語り継がれていた。
この会社は業界の憧れの存在であり、ここで学んで他社へ行けば大歓迎されるほど知られた葬儀社で、全国から葬儀社の後継者達が研修社員として勉強していた。
この2年で書いた宗教のノートを読み返すと、「天理教では亡くなるということを『お出直し』というとか、浄土真宗では永眠という考え方はなく、冥福を祈るとか黄泉の国の言葉を使わないようにし、「往生された」「お念仏にて偲ぶ」などの言葉を使用するとあったが、考えてみればそんなことを知らずに司会をすれば導師を務められるお寺さんから叱責されることになり、それは会社のイメージダウンとなるので厳しい社内規定が設定されていたのである。
何度も研修会を受けて社長のテストがあり、合格を迎えたのは入社してから3年の月日が経っていたが、やっと小学校へ入学したと思いなさいと言われた言葉で重い責務があることを改めて認識している。
そんな水原がデビューする日がやって来た。お通夜だけの司会となっていたが、前日から
伝えられていたので緊張と興奮で眠れなかった。
そして社長の見守る中でマイクを手にすることになったのである。しかし世の中は何と皮肉な悪戯を彼に与えるのだろうか。お通夜が始まろうとする時間に、喪主を務める故人の息子さんと親戚の人達が揉めているようで、何か只ならぬ光景となっていた。
水原がその場に近付くと親戚の中の一人が「あなたプロでしょう。この息子に何とか言ってくださいよ」と協力を求められる言葉を掛けられた。
やがて彼が理解出来たことは、喪主さんが仏教ではない宗教を信仰しており、絶対に焼香をしないという問題だった。
「それはおかしいだろう。親の葬式に焼香を拒否するとは信じられないことだ。お母さんの気持ちも考えてやれよ」
それは別の親戚の人物の言葉だったが、水原はこんなケースを体験したことなく、どのようにアドバイスをしたらよいのか考え付かず、司会台の方にいた社長に助けを求めるような表情を見せた。
社長がやって来た。そして喪主さんに向かって次のようにアドバイスをした。
「あなたは立派ですね。ご自分の宗教を理解されてしっかりと姿勢を貫かれておられる。しかし、大きな勘違いをされていることがあります。宗教を広く考えることも重要で、この場合の焼香はあなたの信仰される宗教とは関係なく、この世におられなくなった方の宗教儀礼で行うもので、あなたの宗教に焼香がなかっても、お父様の宗教では焼香が礼節なのです。信仰は自由ですが、礼節で誤ったらお父様に失礼をすることになります」
そんな言葉に「私もそう思います」と言葉を挟まれたのは故人の奥様で、お母さんのこの言葉に喪主さんの心の扉が開いたようで、ただひとこと「礼節か」とだけ言って焼香をされることになった。
この式場でそれに最も安堵したのは水原で、自分がデビューする時にこんな環境では最悪と思っていたからであった。
今日の写真はパースからキャンベラまで利用したカンタス航空718便「737-800型機」を。離陸の時に恐ろしい体験をしたことはその時の稿で紹介している。
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