昼前から会議室で会食が行われていた。参加しているのは社長と女将の絢子、それに料理長をはじめとする厨房のスタッフと支配人、副支配人で、テーブルの上に並んでいる料理は所謂「賄い」と呼ばれる厨房のスタッフ達が自分達で食べる食事であった。
月に1回この会食が行われ、そこでこの1か月間にお客様に提供している食事に関する問題を検討する場であり、食事の片付けを担当している仲居やチェックアウト時に交わされるフロントでの感想などを集約されているものだった。
近年は病気に関する食事制限や薬を服用されるお客様も多く、その対応には随分と神経を遣っているが、半月ほど前に想像していなかった問題が表面化。それからすぐに対応することにしたが、これが、また次の問題を生じる出来事に発展していた。
絢子の旅館では「塩分控えめ」をご希望されるお客様に特別な減塩醤油を提供しているのだが、半月前にその醤油に対して「対応されていなかった」というクレームがあったのである。
女将の絢子が説明をして納得されることになったのだが、その誤解の原因となったのが「醤油」の色で、誰が見ても「たまり醤油」のように感じられたからだった。
間違いなく減塩で製造された折り紙付きの醤油だが、そのことが起きたことからすぐに対応したのは解説書の添付。「この醤油はお客様の健康を大切に考え、特別に製造されている減塩醤油です」という表記と共に他の醤油との成分について対比する数値も記載したのだが、これを読まれたお客様から「この醤油の製造元を紹介して欲しい」と懇願されることが起きているので困っており、今日の会合では柔らかくお断りをする対策について論議されていた。
「この醤油はあちこちを探してやっと見つけた特別なもので、我々の旅館やホテルの限られた一部にしか販売されておらず、所謂『限定業務用』なので市販されることはないのでお断りしてください」
それは料理長の意見だったが、社長も絢子もそれを理解しながらお客様にご気分を害されないようにどのようにお断りをするかと悩んでいる問題だった。
「料理長の仰るように、そのまま『限定業務用』であって醸造元と市販しないという契約がありますのでとお伝えしたら如何でしょうか。その方が価値観をアップするように思えますし」
これは支配人の意見だったが、社長も女将も同意見で今後はそのように対処することになり、全スタッフにその旨を伝えることにした。
会議の結びに予約など事務所の業務を統括している副支配人から意見があり、食物アレルギーについて専門家を招いてスタッフ研修会を開催することになった。
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