豊香が女将をしている旅館がある温泉地か車で1時間離れているところにリゾート地があり、そこのゴルフ場を会場として男子プロのトーナメントが行われるところから、この温泉地に利用客の波及効果があると期待していたが、リゾート地に大規模なホテルの存在があるし、車で30分程度のアクセスに幾つかの温泉地もあるので豊香の温泉地には残念な結果となった。
予選ラウンドの2日間は日に6000人程度のファンが集まるし、土、日の決勝ラウンドになると両日とも1万人以上で賑わうので期待出来そうだが、やはり車で1時間というアクセスがネックとなってしまったようだった。
豊香はゴルフをしないが、社長である夫は学生時代から楽しんでおりかなりの腕前と本人が自負しているが、一緒に行っている料理長の話によると「たいしたことのないアベレージゴルファーだ」と言われていた。
プロのトーナメント競技は4日間となっており、木曜日から始まるが、その前々日の火曜日から連泊でご夫婦という予約が入っていた。
そして火曜日の夕方、スポーツタイプの車が玄関に到着。運転席から降りられたご高齢の男性に驚いたのが副支配人で、その人物が往年のプロゴルファーでゴルフ界の「紳士」と呼ばれる方だったからだ。
上品な奥様を同伴され、「お世話になります。2日間、よろしくお願いします」と丁寧にご挨拶下さって恐縮した副支配人だが、別のスタッフが誘導して駐車場に行っている間、先に奥様をロビーにご案内をしてラウンジスタッフにお茶を出すように命じた。
副支配人は予想外の人物が来館されたことから動揺し、事務所にいた社長に報告すると、「嘘だろう。まさか」と言って予約名簿を確認して目を通したら、そこにそのプロゴルファーの同姓同名があった。
社長が固まってしまっている。トーナメントの関係者はリゾート地のホテルに宿泊されると思っており、こんな立地の離れた温泉地へなぜと考えながらフロント横の扉からロビーへ出たら、そこへテレビで何度も目にしたご本人が玄関から入って来られた。
歓迎の言葉を掛けた社長だが、緊張してしまっているのは誰もが分かるほど、奥の方に入っていた女将の豊香がやって来てその光景を目にして「どこかでお会いした方だわ」と副支配人に伝え、なぜ社長が緊張しているかを理解させるためにご夫婦の素性を話したら、豊香も「えっ!」と驚いて夫の緊張をフォローするようにお2人にご挨拶に行った。
やがて部屋係の担当仲居が先導して部屋へ行かれたが、戻った仲居の情報によるとこの旅館を選択されたのは奥様で、温泉地を巡ることを趣味にしている友人の方から勧められたことを知った。
夕食時に女将が参上してご挨拶するのが慣例だが、夫も同行したいということから2人で参上して至福のひとときを過ごすことになった。
仲居が社長もゴルフをやっていると話していたことから「ゴルフがお好きだそうですね?」と言われて「下手の横好きでして」と頭を掻いた夫だったが、ゴルフ界の紳士と称されるだけあってゴルフを知らない豊香自身も「目からウロコ」という話を聞けた。
「ゴルフはマナーだと言われていますが、友人がメンバーのコースに紹介されて行った際、フロントで住所、氏名などと共に紹介者名を記入しますが、友人の名前に『様』や『氏』の敬称を付けるのもマナーです」
「ラウンドされる時のスコアカードのことですが、自分以外の同伴競技者の名前を『鈴木』や『田中』など呼び捨てにしては失礼で、年下の人でも『様』『Mr.』『氏』を書き添えるべきですね」
そんなことをこれまで待ったくして来なかった夫は、その言葉を耳にして恥ずかしい心情になったが、教えていただいたこの話は彼のゴルフに対する取り組み方を大きく変えるきっかけともなった。
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