旅館の後継者と結婚していなかったら女将という立場になることもなかった。女将は旅館の顔と言われるが、こんな大変な仕事は本人しか理解出来ないだろうし、過日の女将会で耳にしたそれぞれの悩みや嘆きは体験した者にしか分からないと思ってしまう。
今日も客室に謝罪に行くことになった出来事があった。幼い子供さん連れの若い夫婦のお客さんだが、夕食が済んで大浴場に行き、自室へ戻ろうとエレベーターを待っていたら、大広間で宴会をしていた団体客と遭遇し、1人が酔っ払って浴衣の上半身が裸という姿を目にし、子供泣き出したという事件で、どうして品の悪い客を宿泊させるというクレームだった。
個人客を大切にしたいが、団体客を迎えることも経営する立場からすると歓迎したいもの。団体さんお断り、中学生以下のお子様はお断りと謳っている旅館もあるが、千代子の旅館は利用客に関する条件設定を設けていなかった。
女将会にも何度か出席したが、そこで知ったことの中に「学校関係者」「警察関係者」「病院関係者」の団体が問題多発のようで、お酒が入ると大きく羽目を外すことも少なくなく、そんな団体客を迎えている時は問題が起きませんようにと祈っているが、今日はある業界の組合の総会と聞いていたが、宴会で飲み過ぎた人物があったようで、担当していた仲居頭からも報告を受けていた。
酔っ払いは大嫌い。酔っ払いさえなければ女将の仕事は遣り甲斐があるのにとずっと思って来た千代子だが、今春に大学を卒業して憧れて入社して来た女性社員が、宴会場で酔っ払う客の姿を目にして「私には無理です」と次の日に退職してしまったことも残念な出来事だった。
入社時に明るくて素晴らしいスタッフになると期待していたし、面接の時に旅館のサービスで発想するようなことがありますかと質問した時、「お客様の車のフロントガラスを綺麗に拭くことありかな」と答え、面接後に支配人が「あの学生は期待出来ますよ」と喜んでいたのに、酔っ払いの羞恥の姿を目にして去って行ってしまった出会いが心から残念で、一層「酔っ払い」に嫌悪感が強くなった。
謝罪することは想像以上にエネルギーを消耗する。だからミスをしたくないと常々から気を付けているが、お客様間で生じたトラブルによるクレームは疲れるもので、本音としてどうして酔っ払い客の起こしたことに私が謝罪しなければならないのと腹立たしく思っていても、これが客商売の宿命として耐える千代子だった。
最近は外国人のお客様が増えた。大手旅行会社から送客されると断れないこともあるが、朝食のバイキングで国の文化によるマナーで問題が発生する。そんなクレームの対応も困っているが、日本語が通じないお客様に何か伝える手段がないのかと悩んでいます。
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