2か月前に大手旅行会社から団体さんの予約が入っていた。人数は40名で4人1室、3人1室、2人1室、1人部屋ご希望もあるので16室が必要だったが、選択可能になっている夕食も別途追加金という対応をご希望だったので、旅館としては歓迎したいお客様で、女将の聖子は「屋割り」に問題がないかともう一度チェックをしていた。
玄関には「御一行様」の看板を掲げるが、これはバスを利用されて来られる場合のフロントガラスに掲示されるものと同じで、旅行会社からの指定は「ご本山団参御一行様」だったので、夕食会場となる中広間の舞台にも同じ歓迎の看板を創作させていた。
何処かのお寺の檀家さん達の本山参拝と思っていたら、予約を承ったスタッフから同じ地域の幾つかのお寺の総代さん達が合同で来られるそうで、お寺さんも4人おられることを知った。
午後4時半を過ぎた頃に大型バスが到着。その団体さん達がやって来られた。取り敢えずロビーにご案内して幹事さんのお寺さんに「部屋割り表」のプリントをご確認いただき、用意してあったルームキーを配った。
皆さんのお部屋は物理的な事情から3階と4階に別れることになったが、エレベーターのところで大浴場と夕食会場の場所を説明、明日の朝食も夕食会場と同じ中広間であることをご案内した。
夕食が始まるのは午後6時15分だが、女将が中広間の準備が整っているかと確認していたら、少し早目に幹事をされているお寺さんが来られ、会食前の次第について打ち合わせをすることになった。
ご挨拶はお寺さんの代表がお一人と、総代さん達の中からお一人と確認したが、挨拶と会食の間に「食事の言葉」を唱和されるそうで、その後に乾杯となるのだが、少し前に来られているお寺さんの先代住職がご逝去されたそうで、併せて献杯を捧げられることを決められた。
それによってスタッフを動かすのも重要な仕事。挨拶は長い短いがあっても終わりそうな言葉で把握出来るが、「食事の言葉」については体験もないので分からなかったが、担当する仲居達も興味を抱いたみたいで舞台の袖に待機して見学したいということになった。
やがて皆さんが揃われ、お2人のご挨拶も済んだ。そこで進行を担当されていたお寺さんが「食事の言葉」について次のように説明された。
「我が宗派では古くから『食事の言葉』があり、『食前の言葉』と『食後の言葉』を唱える慣習が行われて参りましたが、2009年の11月に言葉の内容が改正され、2010年1月1日からそれに変わっていますので、今日はその新しい方で唱えます。皆様のお膳の上に言葉を記したプリントを置いてあります。まずが合掌のお姿から初めていただきます」
別のお寺さんが何かプリントを配っていたのを目にしていたが、それが「食事の言葉」であり、皆さんが合掌の姿になると次のような言葉が会場に流れた。
「多くの命と みなさまのおかげにより このごちそうにめぐまれました 深くご恩を喜び ありがたくいただきます」
それが終わると献杯と乾杯になったが、控えていた仲居達がビールやウーロン茶を持って皆さんのお席を回っていた。
聖子は余分に用意されていた「食事の言葉」のプリントを頂戴した。そこには「食後の言葉」として次のように書かれていた。
「尊いおめぐみをおいしくいただき ますます御恩報謝につとめます おかげでごちそうさまでした」
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